2013年7月17日 (水)

母も太陽になる日まで、始まりの日。

このたいせつな日々、この愛おしい日々を、記録したいと思う。
今日からこのブログ「母も太陽になる日まで」を始めさせていただく。

ご存知の方もいるだろう。
実は私はもうひとつブログを持っている。
http://blog.goo.ne.jp/ikiru313 ブログ のんきいきいき
それとはまた別に短文創作のホームページも持っている。
http://ikiru.jp 裕遊字的(ゆうゆうじてき)
それらはかなり前から続けているもの。
どれがメインでどれがサブという「決まり」にはしない。
どれも手を抜かない。
どれも私にとっては「本気」である。

こういう個人的なことを公開して良いものか?
そこに関して迷いはありませんでした。
隠さなきゃならないことじゃない。
ましてや恥じるべきことでもない。
正直に言うとこれは公開が目的じゃなく、自分の中でこの「試練」を整理し乗り越えたいから始めたという面がある。
動機はさて置き、結果ここを知らない誰かが見てくださり、例えば同じような境遇の方へのエールになればこんなに嬉しいことはありません。

さて本題。
急遽このブログを立ち上げた直接のきっかけ。
昨日、平成25年7月16日(火)。
お医者さまから最終宣告を受けた。

母、大腸ガン。
最終段階。
いわゆるガンの「ステージ」はStage4。
「そのとき」は秋から年末にかけて。
時期が早まる可能性も示唆された。
肝臓や肺へも転移している可能性あり。
末期という言葉も進行ガンという言葉も使わなかったが、つまりはそういうことと理解した方がいい。

このブログはできれば終わらせたくない。
なるだけ長く続けたい。
だってさ。
ここを閉じるってことは「来て欲しくないそのとき」が来たってことだから。

あらかじめ「その可能性が高い」告知を受けていたから、ある程度心の準備はできていた。
今、不思議なくらい心の中は穏やか。
動揺がまったくないといえば嘘になる。
聖人君子じゃないからね。
でもね。
見栄でも無理をしているのでも何でもなく。
穏やかなんだよ。

母も太陽になる日まで、あと何日?
深く考え過ぎても仕方のないこと。
このブログが終わらないことを心から祈り、今日の文章を閉じさせていただく。

20130716_163146


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2013年7月18日 (木)

母がボケ、私が突っ込む。

母、入院中です。
夜、消灯時間後、なかなか寝てくれない。
「うるさい!」
大部屋同室の人がたてた小さな何でもない物音に母が切れて大声を上げる。
うーん…
「あんたの方がよっぽどうるさいわ!」
そんなツッコミが聞こえてきそうだ。
申し訳ありません、安眠妨害になった同室の方。

母の名誉のために言っておきますが、そんな暴言を吐く人じゃなかったのですよ。
極めて温和な協調性のある人でした。
「でした」と書いた。
そう、母はある面変わった。
歳を取ると子どもに帰るというのは本当のようだ。

自分の便やおならを「臭い」「我慢できない」などと言う。
ツッコミ待ち?
「あんたの出している臭いだ。周囲の人のほうが臭いわ!」
私は「そうだねえ」と笑顔のまま、心の中でそう突っ込む。
ま、いいか。
私はいいとしても。
これも周囲の方々、ほんとうにごめんなさいです。

母が抱えてしまった「別の」こと。
ここ数年で進んだ認知症。
そして今年4月に救急車で運ばれての緊急入院。
(あ、これは今回のとはまた別の入院ね)
脳梗塞。
幸い発見が早く(よく気付いた、自分。自画自賛!)身体の麻痺は残らなかった。

脳の機能で脳梗塞によって失われたもの。
右側視野狭窄。
(右半分の視野が欠けるということです)
言語をつかさどる部分。
言いたいことが言えない。
これは相当な負担だろう。
そして記憶をつかさどる部分。
これは認知症と相まって、どっちがどうだという話。
わかってもらえますよね。

つまり昔の母とはずいぶんと変わってしまった。
それでも母は母のまま。
私の中では変わらないこと。
どうなってしまっても母は母なのだ。

意地悪な運命なんか笑い飛ばせ。
笑顔で介護。
病院スタッフ、周囲の方々に感謝。


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2013年7月19日 (金)

今は、みんな笑顔で、退院。

急遽、今日、退院いたしました。
母の現状、体力。
手術や抗がん剤投与という「積極的な」治療という選択肢はありません。

こうなった以上、一日も早く、一日でも長く、自宅で穏やかな日々を過ごさせてあげたい。
そんな気持ちからの、選択、決断、行動。
間違えたとは微塵も思っていません。

退院。
母も、私も、病院スタッフの方々も。
みんな笑顔。
嬉しいと、母は泣いた。
それから笑顔。
笑顔に包まれて。
本当に我々は幸せ者です。

未知の領域。
今はまだ想像もつかない、たいへんな日々の始まり。
今日のこの幸せな気持ちをずっと忘れずに。
辛くても、辛いからこそ。
いつも笑顔、心からの笑顔で。
笑顔こそが今の母にあげられる最大のプレゼントなんだ。
そして感謝を忘れずに!

いろいろと忙しい一日です。
打ち合わせとか諸々のこと。
ってなわけで今日はこの辺で。
詳しくはまた明日以降に。
では。


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2013年7月20日 (土)

♪良いこともある~~

昨日、母、退院。
早速在宅で診てくださるクリニックの先生が来訪。
「たぶん」レベルだけれど痛みは来ないだろうとのこと。
必要なお薬を処方してもらう。
痛み止め、睡眠導入剤、胃薬、便秘薬、浣腸薬。
痛み止め、オプソ、つまりモルヒネも処方。
弱っている身体と心を痛みで苦しめたくはない。
皆、必要な薬だ。
薬局の人も訪問で薬を届けてくれる。
いったいどうなることかと不安だったからかなりホッとしました。

新しい介護ベッドも導入。
「いいやつ」に変えたのよん。
今までのは背もたれの角度を変えられるだけだった。
新しいベッドはベッド全体の高さ、足の高さも変えられる。
エアマットレス付き。
なんと寝返り支援までしてくれるという優れもの。
今ある足のむくみが更に酷くなる、寝返りが打てなくなる。
予想しておかなければいけないこと。
ポータブルトイレとベッドで使える移動式のテーブルも用意してもらった。
既存の起き上がりセンサーは生かしたまま。

なんだかんだで日本の福祉は優秀。
上記は全部レンタル。
しかも介護保険が適用される。
保険無しで全部買ったらいくらになるのって話ですよ。

悪いことばかりじゃない。
こうなって良いこともある。
姪っ子に言われた。
「おじちゃんホントに痩せたよね」
へい。
ダイエット成功。
介護ダイエット成功なのだあ!(笑)

そして今日も。
笑顔、感謝。


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2013年7月21日 (日)

私、変態?(苦笑)

来るべきものが来た。
いつかは来ることはわかっていたけれど。
いきなり来た。

おむつに派手に「していた」
この表現でご理解いただきたく。
トイレの間隔が長かったのもあまり気にせず、油断していたよ。
今までどんなときでも尿意便意はあった。
トイレに行くのが間に合わずに少し「失敗」することはあったが、基本的に「そういうこと」はなかった。

まあ、いつかは来ることが少し早くなっただけのこと。
早急に必要になるもの。
大量のウエットティッシュ。
アルコール綿が駄目なのでそういうやつ。
あと衛生面を考えて使い捨て手袋。
ビニール袋も。
全部大量に必要になるな。
同じく認知症の父も居るし、この状況で私は家を空けられない。
明日は姉が休みの日。
買ってきて貰おっと!
甘えられるとき、甘えられる人には遠慮なく甘えなくちゃ。

この歳になって女性のデリケートな部分を触ることになるとは。
それも母の。
私、変態?
いやいや、正常です。(苦笑)
やむを得ずの措置ということで。

そうして今日も。
笑顔で。
感謝を忘れずに。
介護ライフ。


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2013年7月22日 (月)

事務仕事、容赦ねえなあ

介護関係とか、「そのとき」へのサポートをしてくれる各所。
こんな状態でも必ず「契約」とか「承認」とかは必要なのだね。
大量のサインと捺印が必要になる羽目に。

容赦ねえなあ。
現実に引き戻される。

どんなに署名捺印をしても、「そのとき」が伸びる手助けにはならない。
続けるうちにどんどん雑になるサイン。
ただでさえ下手な字がどんどん・・・
「読めればいいですよ」
とは言われるがやっぱり気が引ける。
いやはや。

先日ここで書いたオヤジギャグ。
「介護ダイエット成功」ってヤツ。
笑っていただけないことに気付いた。
明らかに痩せたから、会う人会う人に「痩せた」と言われるわけで。
このギャグを連発しているわけだが、どうも笑っていただけない。
笑いを提供したくて言っているのにね。
ま、逆の立場に立てばそうだわな。
そう言われて爆笑はできんわな。

ってなわけでこういうときに笑ってもらえる、周囲に笑いを提供するギャグを模索中でーす!
そう、笑顔、感謝、介護。


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2013年7月23日 (火)

心の丈を崖の上から叫ぶ・・・つもりで

母のベッドに寝てみた。
天井、壁、窓。
限られた景色。
ああ、母の見ている風景はこんなものなのか。
じんときた。

姉と姪と甥が来てくれた。
みんなの顔を見て、張り詰めていたものがぷちんと切れた。
「ごめん、ちょっと休ませて」
自室のベッドに潜り込む。

涙は出てこない。
私は薄情な人間なのだろうか。
叫んでみた。
もちろん心の中で。
誰もいない崖の上から海に向かって大声で叫ぶ。
心の中だがそんなイメージで。

少しすっきりした。
うまく自分を騙せた。
崖のある遠くの場所に時間と交通費をかけて行かなくてもその気になれる。
ん~~。
なんてお手軽で安上がりな自分。

「ヨッシャ!」
これは実際に声に出して皆の元、居間に戻る。
気合いだ。
笑顔だ。
感謝だ。
そうだ、介護をしよう。
あれ、何かのパクリっぽいぞ?(苦笑)


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2013年7月24日 (水)

母の前にエアコンが力尽きた

最低最悪のタイミングでエアコンが壊れました。
うーん、こんなときにかい!
神様に突っ込みを入れたくなります。(苦笑)

最終的にこれはもう直らないと判断したのが3日前の日曜日。
室外機のファンが回らずに停止してしまうという症状。
型式で検索してヒットが1件。
この時点で修理部品がないのは確定だ。
10年以上前の機種だからね。
メーカーに修理しろというのも酷な話。

ヨ○バシドットコムで早速注文。
工事日付調整のため電話がかかってきた。
「工事日は最短で8月6日となります」
「え゛っ゛・・・」
絶句しましたよ。
それまで待って猛暑日になったら熱中症で死んじゃうよ。
ふざけた話だとは思ったが、この時期エアコン設置の集中は当然。
電話口の相手を責めても仕方のないこと。
即キャンセルしました。

地元の小さな電器店に電話。
さすが地元密着。
30分で駆けつけてくれた。
「明後日(7月23日(火))に夕方で良いなら工事できます」
と言ってくれた。
最安の機種は在庫がないとのこと。
ヨ○バシドットコムより3万円高い。
パナソニックのエコナビ、ナノイー搭載機種だから、ま、これくらいの価格差は仕方がない。

で、昨日取り付けてくれた。
ありがたし。
急な話で無茶を聞いてくれた。
事情はざっと話した。
母の話をしたから聞いてくれた無茶だろう。
この電器店には借りができた。
高めの家電製品を買うということで借りを返そうと思う。

さて母。
日に日に衰えている印象。
ところーがっ!

食事前、エプロンを掛けてあげた。
何か言いたそう。
言葉にならないのだろう。
指でくりっくりっ何か裏返すしぐさ。
はっ!
エプロンが裏返しだった。
やるじゃん、お母さん。

あとはね。
母の介護ベッドの横でうたた寝している私に毛布を掛けてくれた。
不安、危険だったと思うのですよ。
満足にひとりで立てない状況でベッドから降りるのは。

うん、やっぱり母だ。
細かい気配り、心遣いは健在。
認知症だからと半ば諦めていた自分を自分で叱る。
母はやっぱり母なんだね。

今日も笑顔でいます。
今日も感謝します。


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2013年7月25日 (木)

お姉ちゃんは頑張らないと

ちゃんと書いていませんでしたね。
失礼いたしました。
「その日」は大幅に早まりそうです。
8月中とか。
お医者様も断言はできないでしょう。
伸びる可能性もあるけれど「緊急事態」が起きればもっと早まる可能性もあるってこと。

今だから言えますが一時、かなりヤバイ状態になりました。
顔面蒼白。
このまま「そのとき」を迎えてしまうのか。
そんな覚悟をしたくらい。

昨夜、復活しました。
青森からふたりの妹が来てくれる。
そう告げた途端、血色が良くなり、食欲も出てきて。
いやー、血縁の力って凄いですね。
母は三人姉妹の長女。
お姉さんはしっかりしないと。
そんな本能が呼び覚まされたのでしょうか。

で昨日、私の叔母に当たる、母のふたりの妹が、青森から急遽日帰りできてくれました。
サポートしてくれた従姉妹、従姉妹の息子に感謝です。
ちゃんとわかっていました。
ちぐはぐながらも会話は弾み。
ホントは管理栄養士の方から刺身はあんまりよろしくないって言われていたのだけれどね。
食べたいと言ったから放置した。
この期に及んで我慢はさせたくない。
お医者様も「食べたいものを」「食べたいときに」「食べたいだけ」と言ってくださったし。

楽しい時間はあっという間に過ぎ。
帰る時間になった。
母の目が潤んだことを私は見逃さなかった。

認知症と馬鹿にするものじゃない。
母は全部わかっているのかもしれない。
自分が普通の状態でない自覚はあるだろうからね。
なんてことはない。
手の平で転がされているのはこっちだったということか。

泣き言を言わない母。
こっちが言うわけにはいかない。
母と居られる貴重な時間をたいせつに過ごす。
介護は私のためでもある。

母にも支えてくれる皆さんにも。
心からの感謝。
落ち込んでなんかいられるか!
さ、笑顔、笑顔っと。

♪笑ってよ~
あれ?またなんかのパクリ?(苦笑)


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2013年7月26日 (金)

何故「『母も』太陽になる日まで」か?

ブログタイトルについて説明しておく。
何となくわかるけれど「母も太陽になる日まで」じゃなく「母が太陽になる日まで」じゃないの?
そんなツッコミは受け付けませーん!
先手を打っておく。

3年前、祖母が亡くなった。
なんか祖母って言うとヘンだな。
私にとっては親しみを込めてやっぱ「おばあちゃん」だ。

だいたい推察は付くと思うが、「母の母」であるからして相当頑張った。
白寿を目前にした98歳での大往生であった。
おじいちゃんとおばあちゃんの子どもは娘3人。
んでもって私が唯一の男孫。
可愛がられたなあ。
厳しい人たちだったけれど、私はおじいちゃんおばあちゃんに怒られた記憶がまったくないもの。

最期まで私のことは認識していた。
亡くなる前日。
もう意識がなかったのに私が声をかけると、かっと目を開けて、「あー」とにっこり。
私の自慢である。
それっきり目を醒まさず、「そのとき」を迎えたのだった。

おばあちゃんを見送る日。
ずっと雨の予報だった。
なのに。
そのときだけ、晴れた。

皆で言った。
「おばあちゃんは星ではなくて僕らを照らす太陽になったんだね」
と。
おばあちゃんは太陽になった。
そう。
だから。
母もやがて太陽になる。
それで「母も太陽になる日まで」です。

--------

またもや絶妙のタイミングでの電化製品故障。
蛍光灯が点かない。
蛍光管を取り替えたがやはり点かない。
ここで故障と早とちりして全体を買い換える。
そんなドジはしない。
これでも理系人間。
古い蛍光灯だから、グローランプがイカれただけと判断。
(結果正解でした)

ヨ○バシドットコムでお買い物。
160円。
送料無料。
即日配達。
しかも全部ポイントを使って精算。

うーん。
俺。
嫌がらせをしている?(苦笑)


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2013年7月27日 (土)

この穏やかな日々がずっと続けばいい

ここ数日。
状態がとても良いです。
顔色が良い。
食欲がある。

このままずっと生きられるのじゃないだろうか。
そう思い込む、思い込もうとする。
けれど・・・
思い出す。
お医者様の言葉。
身体の中を写した写真。
末期進行癌という「事実」は動かない。
衰えと、そして「そのとき」は近々必ずやってくる。
それが現実なのだ。
容赦ない現実に引き戻されるのである。

立つことはやっとできるが、基本歩くことができなくなった。
自宅ではトイレまで行くことができない。
ポータブルで用を足す。
派手なおしもの「失敗」も多くなった。
自分で拭くこともできない。
使い捨て手袋、お尻拭きシート、ビニール袋は必須。

介護されながら「申し訳ない」が口癖。
典型的な専業主婦。
主婦道一本道の人生。
父は亭主関白。
だから。
父も含めいろんな人に遠慮して生きてきた。

お母さん。
もう無理しなくていいんだよ。
もう遠慮しなくていいんだよ。
こんなときくらい甘えてよ。

今、母に笑顔をあげられるのは僕だけなんだ。
ときどきほんとうに楽しそうに笑う。
そう、笑ってよ。

そして私も。
笑顔。
感謝。


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2013年7月28日 (日)

よく食べよく出す

よいことでもあるのですがね。
よく出るのですよ。
ただしおむつに。(苦笑)

ほんとうによく食べる。
びっくりするくらい。
今朝も「さすがにこれは食べないだろう」と盛った小さめの茶碗に半分のご飯、完食しました。
そんでもって当然、下からはよく出る。
ところてん式ですな。
自然の摂理です。

その今朝なんですがね。
寝坊しました。
母でも父でもなく他ならぬ私がです。
介護人失格ですかねえ。

いい夢を見たんですよ。
ときどき目を醒ますんですが、もう少しもう少しと目を閉じるとちゃんと続きを見られる。
都合のよい状態、夢です。
これも一種の現実逃避ですかね。

で、寝坊。
気付けば朝10時。
おむつ取り替え、最低限の家事、朝食準備。
結果、朝食は11時を過ぎてしまいました。
お父さん、お母さん。
生活ペースを乱してしまって申し訳ありませんでした。

楽しみにしていた「甘ちゃん」1週間分を、母の横でノートパソコンで観る。
日々の更新もこうして母を看ながら横ですることができる
ノートパソコンと無線LAN様様であります。

いとこふたりに電話。
現状を辛い報告。
言葉を失っているのがわかる。
そりゃそうだ。
逆の立場になればわかること。
「頑張って」
その言葉が嬉しい、ありがたい。

今、臭い。
こりゃまたやったな。
紙おむつを脱がしてみると・・・していない・・・
おならでした!
空振り~~(笑)

そう、笑顔で。
今日も介護。
皆様に感謝。
心の安息を与えてくれる母にも感謝。


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2013年7月29日 (月)

食事はお行儀良く

夕食が終わった。
食欲は旺盛だが体力は落ちている。
喋るのも億劫らしい。

喋るわけではないが手を動かして何かをしようとしている。
もう自分では自由に使えない箸のほうに手が動くのだ。
やっとわかった。
お茶碗の上にあったお箸を手前で揃えようとしていた。

さすが母だ。
こういう状態になってもこういうところはしっかりしている。
お行儀良くするなら皿の上の料理を手づかみするのはどうなのよってツッコミはさておき。

夜、母を寝間着に着替えさせないことにした。
寝間着への着替えが「どっこいしょ状態」になっている。
楽に寝るための寝間着が苦行になっては本末転倒。
トイレのたびに着替えているから衛生面は問題なし。
だったら無理して寝る前に半ば義務のため着替えることはないじゃん。
楽に寝られるのが真の寝間着。
そう割り切ることにしました。

気のせいではない。
最近少し太った。
え?私がじゃなくて母がですよ。
私が痩せた分のお肉が、母にいったのかしらん。(笑)
マジな話。
もりもり食べているからね。
それでほとんどベッドの上から動かないのだから、消費カロリーは限りなく少ないはず。
当たり前と言えば当たり前。

黙認だ。
やがて食べられなくなって、嫌でも体重が減る時期がやってくる。
少々の体重増に目くじらを立てても仕方がない。
よく食べることが「元気の素」になっているのは確かなのだから。

今日、私の叔母、母の妹が先週に引き続き、はるばる青森からやってくる。
ほんとうに頭が下がります。
私が幼かった頃。
「18歳のままずっと待っているから大きくなったら結婚しようね」
と騙して長くその気にさせたにっくき張本人。
ははっ、「にっくき」は冗談です。
叔母様、遠いところ来てくださる。
ありがとうございます。
そしてこの来訪をいろんな形でサポートしてくれた。
いとこ、姪っ子、姉。
ほんとうにありがとう。

今日も母の笑顔が見られるかな。
そうです。
今日も笑顔です。
今日も感謝です。
どんなときでも。


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2013年7月30日 (火)

恋がしたい!もといっ、腰が痛い!

母のトイレがドッコイショ状態で介助する私に無理な負担がかかっていたらしい。
昨日あたりから腰に鈍い痛みが。
大変だ。
ここにきてのぎっくり腰ではシャレにならん。
騙し騙しやっている。

で、ついに決断。
トイレを諦める。
ベッド横のポータブルトイレでしていたが、そもそも便意尿意がなくなっておむつにすることのほうが多い。
せっかくトイレに座ってもらってもそこで新たにすることはめったにない。
もはやトイレの意味がなくなりつつあるわけで。
母にとっても、ベッドとトイレの移動が苦痛になっている。
だったら、「寝たまま」で取り替えることにしようと。

抵抗はありました。
手間うんぬんじゃなくてね。
トイレでするって特別なことというか普通の状態の象徴だと思うんです。
トイレでしなくなったら、そのままずるずると・・・
そんなことになるんじゃないかと。
だから私なりにトイレにはこだわっていました。
でも今となっては、ですよね。

施設の人に来てもらって、寝たままおむつ交換の実地講習を受けました。
先生、ありがとうございますっ!
私の腰への負担が減ればそれは良いこと。
長く続けるなら無理をしないほうがいいのは当たり前。
前向きに考えることにします。

今日、昨日に引き続いて私の叔母にあたる、母の妹が来てくれました。
青森から娘、孫を引き連れての来訪。
もちろん高齢。
楽な移動のわけがない。
ホテルに一泊というスケジュールで来てくれました。
頭が下がります。

母、嬉しそうだったなあ。
そりゃ会話はちぐはぐなのですよ。
母は言うほうも聞くほうももうおぼつかない状態。
でもわかっているんだ。
妹だからさ。

叔母に頭を下げるのはもちろんだが、やはり母の人望が厚かったことも改めてわかった。
たとえ肉親だろうが「どうでもいい人」の見舞いに急遽青森から東京へは出てこない。
自己主張の薄い母だったけれど、空気のような存在。
必要不可欠な存在だったんだな。
息子として誇らしい。

ああ、もうひとつもうひとつ。
叔母がキュウリと山芋の漬け物を持って来てくれた。
自分で漬けたやつ。
この前、来てくれたときも持って来てくれた。
母、父、私。
美味しくいただいていて、また持って来てくれないかな、とは思っていたが、言わなくてもちゃんとわかるのだね。
「血の力」ってやっぱ凄い。

最後に。
表題の話ですがね。
腰が痛いが正解ですが、恋もしたいですよー。
49歳独身男子の切実な叫びでした。(笑)


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2013年7月31日 (水)

どうなっても母は母。やっぱり笑顔と感謝で。

ブツブツと意味不明のことをつぶやくことが多くなった。
認知症もある。
ベッドから離れることもままならない。
その現実。
働き者だったからな。
自分の意のままにならない自分。
混乱しているのだろう。

どうなっても母は母。
それは揺るがない。
笑顔の母。
今も時折見せる笑顔。
そして過去の記憶。
私の中で母は母なのである。
ずっと笑顔と感謝で接していくのだ。

起きて家にいる時間はテレビを付けっぱなしにしている。
生活音がしていたほうが良いようだ。
入院中、静かであるはずの病院。
そこでなかなか寝られなかったのに、今、家でテレビが付いていたほうが落ち着く。
夜眠りに就くとき隣の部屋で耳の悪い父が大音量でテレビを付けていることがある。
それも意に介さず眠る。
偉大なり、生活音。

夜寝るときは手を握ってあげる。
落ち着くみたいです。
そうすると睡眠導入剤の効果とも相まって、10分くらいですっと眠る。
眠りが浅かった、寝つきが悪かった。
以前の母では考えられなかったこと。
手を握って貰うと落ち着く、安らぐ。
心当たりはあることだろう。
私も子どもの頃、風邪でうなされていたときとか、母に手を握って貰うと安心して眠れたものなあ。
ただし母の手を握るときは注意。
握手状態で握らないこと。
上から手を添える形にしないと。
握手状態だと結構な力で握ってくる。
いざ寝たときに離そうとしても一苦労になる。
難しいですね。

こうなってからズボンの前のチャック、いわゆる「社会の窓」が全開になっていたことが2回ある。
いや母じゃなく私がです。
集中力の問題かな。
気をつけまっす。
私は露出狂ではありませーん!(笑)


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2013年8月 1日 (木)

痛み止め、フェントステープを処方。緩和ケアという道を選んだ私たち。

母。
動くと痛いと言う。
訪問のお医者様からフェントステープを処方されました。
先生、薬剤師から説明を受けたし、自分でネット検索もした。
貼る鎮痛薬。
つまりはそういう段階に来たということだ。
副作用もある。
今の母に「積極的な治療」は苦しみを増やすだけ。
苦しみながらそのときを迎えるのは悲しい。
フェントステープの副作用がなんだというのだ。
はっきり言えば一種の麻薬です。
私はそれを受け入れる。
姉にはこれから言うけれどわかってもらえると思う。

母は不幸じゃない。
私も不幸じゃない。
家族に包まれる幸せ。
たいせつな人を助けられる幸せ。
「そのとき」は少しずつ、確実に近づいている。

何もしない時間が怖い。
いろいろと余計なことを考えてしまうから。
そんな時期もあったが今は卒業した。
ひとりの時間も楽しんでいます。
主に介護する私が潰れてしまっては仕方がない。
何よりそれは他ならぬ母が望まないこと。
伊集院光さんのラジオを聞いて大笑いして。
それでいいんだ。
私が笑顔を忘れないことを母は願っている。
もうそういう意思を言葉にできる状態ではないけれど、私の幸せを母は心から願う人だった。
その気持ちに応えてあげるのが私の務め。

お腹が膨らんできた。
腹水が溜まってきたが、まだ抜く段階ではないとのこと。
何事も母の表情がバロメーター。
何事も母が望むように、母が苦しまないように。
そう言ってくださる先生。
本当にありがたいと思う。

リアルな話をする。
なんだかんだで結構な出費がある。
今はそれを考えないことにする。
今できることをやろう。
必要な出費を惜しんではならない。
介護そのものに集中しよう。
後悔をしたくない。

また介護用品が増えた。
消耗品も多い。
今はまだたくさんある消耗品が足りなくなることを望む。

母じゃなく父の話。
不安なのだと思う、不安定なのだと思う。
母の病状について告知はしたが、また「お母さんの病気、悪いのか?」と聞かれた。
認知症は身体と心の苦しみを和らげるために神様が与えてくれた処方箋。
末期癌の母だけではない。
ずっと母の横にいた父の人生。
一緒にいる父にも安らぎあれ。

あとこれは愚痴になっちゃうんですけどね。
不安定から来るのだろうけれど。
父のわがままが一層レベルアップ!
私がてんてこ舞い状態のとき。
「今それを言いますか」
という用事を言いつけてくれる。
炊事、洗濯、おむつ交換。
重なることはある。
忙しいのは見ればわかると思うのだが、その状態で
「テレビ動かすやつ取って」と、1m歩けば取れるテレビのリモコンを指さす。
「ごめん、ちょっと待ってね」と言うと機嫌が悪くなったりするから、忙しくてもすぐに動いてあげなきゃいけない。

うーん、お父さん、容赦ないですねえ。(苦笑)
それもこれもひっくるめて、続く介護ライフ。
父、母、私。
三人四脚。(←あれ?そんな言葉あったっけ?)
私に笑いを授けてくれた両親。
これからもずっと。
笑顔と感謝を忘れずに生きていく。


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2013年8月 2日 (金)

難解な文章。「ここにあれついてる?」

表題の通り。
昨日、母から出された難問。
「ここにあれついてる?」
頭の上を指さしながら何度も言う。

「うんうん」とか「そうだね」とか「大丈夫だよ」とか返しても納得してくれない。
「ここにあれついてる?」
を繰り返す。
(母が)だんだんイラついてくる。
夕食の準備を中断して落ち着かせようとする。

結論。
簡単なことでした。
15分の奮闘の末
「じゃあまずご飯を食べようか」
と提案すると、我が意を得たりの表情。
うんうんと頷く。
つまりは早く食事がしたかったのだ。
なんだ。
食事がしたい人のために食事の準備を中断する。
意味なかったじゃん。(苦笑)

「ごめんね」
「申し訳ない」
が口癖になった。
今までいろんな人、ところに遠慮しながら生きてきた母。
重病になっても認知症になっても、その辺の心配りは忘れない。
やっぱり母は母だな。
もう無理をしなくていい、遠慮しなくていい。
私に甘えていいのだよ、お母さん。

不安定なときには手を握るのが習慣になった。
ムズカシイ理屈はわからないけどさ。
手を握ることも立派な医療だと思うんだ。
医師や看護師でもできない医療行為。
近しい人に手を握って貰う。
すると落ち着く、安らぐ。
手を握ると心と心が通じるのだね。

いろんな人のサポートを得て、平日昼間数時間は自由な時間が取れるようになった。
全部抱え込んだら、一日中介護のことで頭がいっぱいだったら。
潰れちゃうよ。
私、スーパーマンじゃないので。

昨日はコーヒー専門店でランチと洒落込みました。
大盛りのスパゲッティナポリタンとサラダ、プロの入れたコーヒーが付いて700円也。
当然コーヒーは旨い。
家で入れるのとは違う。
当たり前の話。
ひとときの安息。
700円なら安いものだ。

風呂にも入れた。
さあ、元気チャージ。
張り切って介護だ。
頑張りすぎない、適当に手を抜く。
でも心を込めた介護。
今日も明日もずっとずっと。
笑顔と感謝を忘れずに。


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2013年8月 3日 (土)

続・恋がしたい!もとい、腰が痛い!

情けないのですがね。
弱音を吐かせていただく。
こないだは冗談で済むレベルだったのですがね。
今、腰がいよいよ本格的にやばいことになっています。
この表現でお察しいただきたく。

日々無理な体勢で負荷がかかることが多かった。
腰が悲鳴をあげた。
身体からのサインなのだろう。

湿布で何とか誤魔化している。
無茶はしないよ。
しばらくはいろんな人に頼って回復を待つ。
無理は禁物。
ほんとうに致命的な状態になったら介護どころじゃないからね。

今日は普通ゴミの収集日。
家から出るゴミが凄い量になっている。
わずか4日でポリバケツに軽く2杯分。
我が家としては異常な量にあたる。
なんだかんだでいろんなゴミが出るからね。
しかもポリバケツを開けると凄い異臭。
異臭が出て当然の内容のゴミも含まれるから。
ビニール袋を二重三重にしても臭いの流出は止まらない。
ゴミ収集の職員の方々にはほんとうに頭が下がる。
直接は知らない人たちも支えてくれている介護生活。

父も我慢が限界に来ているようだ。
父、母、私の三人暮らし。
こういう状況になるとどうしても母にかかりっきりの時間が多くなる。
父をかまってあげられない。
そちらに詳しくないのでよくわからないのだが、昨日が大きな宝くじを買える最終日だったようだ。
どうしても買いたいという欲望を抑えられない。
忙しい訪問看護の人に「お金を渡すから買ってきて」と言ったのには困った。
ごめんね、お父さん。
今は宝くじを買いに行くほど、心に余裕のある状態じゃない。

父に関してもうひとつ困ったこと。
消すという行為を忘れてしまったようだ。
あらゆる消すという行為を。
電気、テレビ、エアコン、その他諸々。
「消す」ということをしなくなった。
唯一消すのが寝るときの寝る部屋のテレビと電気。
それ以外は見事に消さない。
ここまで来ると、それによる電気代も馬鹿にならないと思われる。
我が家だけの問題ではない。
節電の世の中、ほんとうに申し訳ない。

父に褒められたこともある。
毎朝朝食に出すスクランブルエッグ。
玉子は完全栄養食ということで管理栄養士の方に勧められたメニュー。
玉子を混ぜて焼くだけじゃんということになるが、改めて作り方をちゃんと教わっておきたい。
それで姉の講習を受けてマスターした。
牛乳とマヨネーズを入れるのが姉流のポイント。
毎朝玉子2個を使って三人分を作っている。
父:「美味いな、これどこで買ってきているんだ?」
「俺が作っているんだよ」
えっへん!
お父さん、あんたの息子、たいしたもんでしょ!

眠っている母の手を握り、ベッドに突っ伏してうたた寝。
気が付くと頭に何かを感じる。
母が私の頭をなでてくれていた。
いい子いい子と言うように。
張り詰めたものがぷちんと切れる。
涙が出そうになる。
認知症がなんだ。
母は母、やっぱり優しい母だ。

昨日母と一緒に風呂に入った。
変態?
いやいや施設での機械浴の介助を一緒にやったのです。
お風呂が大好きだった人。
ほんとうに気持ちよさそうだった。
あまりのいい表情に記念撮影。
私と二人、父と三人。
いいのを撮れました。
一生の宝物にします。

通いの施設のスタッフ、訪問看護のスタッフ、もちろん訪問のクリニックの先生、姉、姪っ子、その他表現しきれないほどたくさんのいろいろな人たち。
支えられて生きている、支えがあってこその介護生活。
改めて感謝。
そして私があげられるもの、笑顔。
心からの笑顔。


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2013年8月 4日 (日)

妄想が止まらない

夢を見た。

--------

母のおむつ交換をしていた私。
玄関のチャイムが鳴る。
でもさすがに今は出られない。
チャイムは止まる。
おむつ交換が終わって。
念のためと玄関に向かう。
影がある。
ありゃ、まだ待っている。
「申し訳ない。すぐ開けます。」
玄関を開けると・・・そこには「彼女」が立っていた。
「来ちゃった・・・」
見つめあうふたり。
微笑みあうふたり。

--------

どうですか。
私の脳内作品。
私が見た夢。
はい、100%妄想の世界であります。
彼女が介護の助けのために自宅に来てくれるという妄想。
それ以前に、今現在私に彼女はいない。
その時点で相当図々しい妄想であります。
ってか、妄想にもほどがある!(笑)

ま、お許しいただこう。
いいじゃないですか。
誰にも迷惑はかけていない。
私の脳内で完結しているお話。
妄想は辛い現状から身を守ってくれる、神様が人間に与えた偉大な機能。
であります。

早朝に起きて。(←午前一時過ぎが早朝と呼べるかの議論はさておき)
まずしたこと。
トイレ掃除。
朝風呂。
夜明けのコーヒーとトースト。
サッパリしたぜい。
特にトイレ掃除。
これ、重要。
トイレを綺麗にするという行為。
心まで綺麗にしてくれる。
正直に言うとね。
しばらくサボっていたのですよ。
自宅でパソコン教室を開いてから日課になっていたのに。
母がこんなことになって、余裕をなくしていた、トイレ掃除をサボった。
今思えば時間の余裕を失っていたんじゃない、心の余裕を失っていたんだ。
そして数日前から毎朝の習慣として復活した。
トイレ掃除をすると心がすっきりする。
トイレの汚れと心の汚れを落とす。
トイレ掃除は偉大なり、であります。

起き上がりセンサーは外した。
もうひとりで起き上がることはできない。
あっても意味がないということ。
この起き上がりセンサーが介護保険の上限も圧迫していた。
これを外しても、なんだかんだで要介護3の上限金額をオーバーして、自己負担が発生することになった。
必要な出費を惜しんではならない。
あのときああしておけばよかったと後悔はしたくないから。

介護保険というシステムにも感謝。
いろいろ突っつかれている制度ではあるけれど、これがなかったときの自己負担額は?と考えると怖ろしくなる。
国民みんなで高齢者を支えるという発想。
高齢化社会の日本にとって必要不可欠なもの。

そう、感謝。
昨日も母の笑顔が見られた。
私も笑顔でいる、いられる。
笑顔、感謝。


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2013年8月 5日 (月)

こんなときだからこそ。笑顔はとても大切なのです。

窓の外を眺めながら。
「いい天気だねえ」
私が言う。
母が微笑む。

朝食にて。
「ヤッター!お母さん、納豆完食です。」
私が言う。
母が微笑む。

姉の孫が来てくれた。
つまりは母にとっては曾孫。
そして続いて一番上の孫も。

曾孫のシャボン玉遊びを見て、自慢だった孫の顔を久々に見て。
かすかな笑顔を見られたのでした。

曾孫は小学生。
「こういう状態」のひいおばあちゃんを見ておくことも、後々のためになると思う。
子どもも馬鹿じゃない。
そんな母をちゃんと受け入れていた。
子どもなりに気を遣い。
私と二人きりになったとき。
「何をしてあげればいいの?」
と聞いてくる。
「普通にしていればいいんだよ」
うなずいた。
ちゃんとわかってくれたようだ。

母も心配だが父も心配。
だいぶ混乱しているようだ。
受け入れがたい現実なのだろう。
紙パンツを一日4回履き替えたり。
テレビを消せなくなったり。
何回も「朝ご飯食べた?」と聞いてきたり。
本来ならちゃんと見てあげなければいけない状態の父をかまってあげられない。
ジレンマです。

認知症というのも何が衰えるのかわからない。
そんな状態なのに数独パズルの上級本を解いていたりする。
できることとできないことの差が激しくなる。
そういうことなのかな。

昨日、父。
「買い物に行ってくる」
と出掛けようとする。
黙認した。
良い気分転換になるだろう。
家に縛り付けるのも酷だ。
私が少しやきもきすればいいだけの話。
最悪身分証明書は持っているから保護してもらえるだろう。
あとは計算もあった。
この暑さだ。
すぐにくじけるだろうと。
案の定、10分ほどで戻ってきた。
水を飲み、「クーラーつけて」と言う。

今、考えると暑さに負けて戻ってきただけではなかったのかな。
お店に行く道がわからなくなって戻ってきたのかなと。
途中にある区役所と公園が立て替えにより大幅に風景が変わったばかり。

母も大変なときだが、父もサポートしないとな。
はっきり言ってわがままで気むずかしい人。
社長さん体質で超マイペース、指示されることを極端に嫌う。
一度言い出したことは、てこでも動かない。
家では典型的な亭主関白、仕事は小さな会社の社長さんだったから、それが通ってきた人生だったのだ。
急に変えろと言っても無理だろうな。

父の笑顔、母の笑顔、そして私の笑顔。
それが真ん中にあってこその我が家だ。
無理することもない。
自然に笑顔でいられる環境を作ってあげる。
両親に笑顔を。
両親に感謝を。
両親が揃った時間は限られているかもしれないけれど。
今はそれを続けていく。
そして。
支えてくれる皆様にも笑顔と感謝を。


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2013年8月 6日 (火)

納涼祭~~

施設のスタッフさんの引率で地元のお祭り(納涼祭)へ。
私も同行させてもらいました。

暑い。
物凄い日差し。
テントの日陰にまずは避難。
母、結構な食欲。
薩摩揚げ、かき氷、ゆで卵、焼鳥。
量は少しずつですが食べました。
食べられるときに食べなきゃ。
貴重なタンパク源であります。
楽しんでくれたようです。
「ちゃんとした笑顔」にならなくとも、ときどき口元がほころぶ。
こうなってほとんどずっとそばにいるからそういう変化を見分けることができるようになった。

さて両親より一足先に家に帰ってみると室内がサウナ状態。
無理もない。
この暑さの中、窓を閉め切っていたのだから。
窓を開けて出掛けられない平屋建て一軒家はこれが辛い。

さて・・・
ここを見てくださる方の中でちょっと疑問に思うことがあるかもしれません。
お前、介護はいいけど、仕事はどうしてんの?
仕事しながら介護をしているの?
それにしちゃ関わり方が密だけど。

ごもっともな疑問です。
仕事は休職しました。
自宅でのパソコン教室。
今は閉じている状態です。

私はスーパーマンじゃない。
このレベルの介護をしながら並行して仕事もバリバリこなす。
そんな器用な人間じゃありません。
あとでああしておけばよかったと後悔したくなかったから。
今は仕事を完全に休んで介護に集中です。
人生優先順位を間違えちゃいけないよね。

リアルな話、私の収入が完全に途切れたことになります。
出費はかさみます。
打ち出の小槌は持っていません。
両親の貯金、年金に頼った生活です。
両親もしっかりした状態なら許してくれると思います。

こんなときでも。
こんなときだからこそ。
自己研鑽は続けています。
毎日読書。
何かと忙しいスケジュールの中、時間を確保しています。
読書は悦楽だねえ。
介護に集中と書いたばかりだけれど、やっぱ完全に介護のことだけしか考えられなくなったら潰れちゃうよ。
適当に手を抜きながら続けています。
ありゃ、手抜き介護?!(笑)

母の食欲が微妙に落ちてきた。
当たり前の話。
眉間にしわを寄せることがあった。
身体を動かそうとすると「イタタタタ」と叫んだりする。
どこが痛いということではない。
全身に痛みが来ているのだろう。
貼る痛み止めの他に、飲み薬の痛み止めも始めた。
次のレベルになればいよいよのオプソ(モルヒネ)だな。
痛みは止めてあげたい。
苦しませたくない。
積極的な治療はしないと決めた。
だって苦しむだけだから。
それによって「そのとき」が早まるのは覚悟している。
苦しみで「そのとき」を迎えるのは悲しすぎる。

お母さん。
もう無理はしないでいいよ。
痛いときは意思表示してね。
可能な限り取り去ってあげるから。

この介護は自己満足なのかもしれない。
私の心に満足と安らぎを与えてくれる。
母に感謝。
お返しに心からの笑顔をあげるよ。


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2013年8月 7日 (水)

おむつ交換十級自己認定?

おかげさまでだいぶ上手になりました。
もちろんそんな検定はないでしょうがね。(笑)
あったとして資格として一番下のランクとして、十級を自分にあげたいです。
寝間着着替え認定は九級かな。
おむつ交換より少しだけスムーズにできるということで。
そんな馬鹿なことを考えながら過ごしています。

昨日は姉と姉の孫が来ました。
つまり母の曾孫ですな。
優しい子です。
小学二年生なりにこの現実に向き合おうとしている。
この「経験」は彼女にとって決して無意味なものにはならないことでしょう。

姉が来てくれているときには、できるだけ姉に頼めることは頼むことにしています。
姉には姉の生活がある。
仕事で責任ある役職に就いたばかり。
そう頻繁に休みはとれないし時間も自由にならない。
それプラス一番下の子が高校三年の受験生。
姉は姉でてんてこ舞いなのだ。
母の介護を主に私が受け持っていることについて負い目を持っているように思える。
手伝いたいのに手伝えないジレンマ。
姉も苦しんでいる。
だからその背負った負い目を少しでも解消してあげる。
家にいるときには、なるだけ用事を頼む。
来てくれるときに買い物を頼む。
そうすることが姉を少しだけ楽にする。
そんな気がしている。
私の恋がしたい現状、もとい、腰が痛い現状も(←しつこい?)それで助けられるなら一石二鳥だ。

昨日は訪問のクリニックの先生が来てくれた。
丁寧な診察、温かい言葉。
この先生と巡り会えてほんとうによかった。
「可能な限り家で」という選択もこの先生がいるからこそ。
「お盆休みはありません。いつでもお電話ください」と言ってくださる。
ありがたい、頭が下がる。
診察が終わり家を出るとき、微妙な、難しい質問をした。
「母の『時間』はどれくらいですか?」
答えづらい質問だったと思う。
真摯に答えてくれた。
答えてくれた「期間」はあえてここでは言うまい。
それほど長くはない、ということだけ。

先生が帰って、姉も帰って。
いつものように父と三人で夕食。
ものすげー食欲だ。
ありゃ、先生に食欲が落ちているって言ったばかりだよ。
食欲と表情が「状態」のバロメーターになるようだ。
食欲があることがマイナスになるわけがないことは素人の私にだってわかる。
それで「そのとき」が少しでも伸びるなら嬉しい誤算である。

母の顔につける化粧水と乳液。
新しいのを買った。
買わなくてもたぶん足りる。
でも足りなくなることを夢見てあえて新品を買った。
これも現実逃避の一種なのかな。

今朝、寝坊した。
寝坊という表現は適切でないかな。
早朝ちゃんと起きた。
二度寝でもない。
トイレに行って顔を洗って、部屋に戻って体重を測って着替えをして。
その状態で軽い気持ちでソファーで横になって・・・そのまま・・・
それでも偉いことにときどき母の様子を見に行っているのですよ。
戻ってまたごろん。
たちが悪いな、こんな寝坊もどき。
対策を考えんとな。
今、対策を決めて打ってプリントアウトしたところ。
よし、これを最後の寝坊にしよう。
あれ?
このセリフ、無限の回数言った記憶がある?!(苦笑)


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2013年8月 8日 (木)

母のこと、私のこと、両親と私のこと。

今日する話。
私が立ち上げている別のホームページとブログ。

短文創作のページ“裕遊字的(ゆうゆうじてき)”http://ikiru.jp
ブログ“のんきいきいき”http://blog.goo.ne.jp/ikiru313/

これらをチェックしている方ならうんざりするくらい聞いているであろう話。
この「母も太陽になる日まで」だけをチェックしている方も多い。
母と私のことを語る上でこれは一度は言っておかなければならないこと。
「もう知っているよ」という方、内容の重複はご容赦いただきたい。

母はふたりの子どもを産んだ。
いうまでもなく姉と私。
ふたりとも帝王切開。
私がお腹の中にいるときに盲腸の手術。
盲腸の手術と二度目の帝王切開。
母は文字通り、命を懸けて私を産んでくれた。
母の勇気と決断なしに、今の私は存在し得ない。

良妻賢母、専業主婦。
小さい頃、家に帰ると当たり前のように母がいてくれた。
お腹が空いたと言えば、ちゃちゃっと何かを作ってくれて。
母のお弁当も自慢だったな。
前日の残り物ではなく、お弁当のためにだけ作ったおかずたち。
友だちに「旨そうじゃん」と言われ、鼻高々だったものだ。

私には反抗期すらなかった。
笑顔と優しさと愛に溢れた温かい家庭。
それが一番の要因だったことは間違いない。
これはもうほんとうに両親に感謝である。

大学まで行かせてもらった。
学費の高い私立高校と大学に通わせてもらった。
ほんとうにありがたいことなのに、私は勉強を怠った。
そこで、しっぺ返しが来た。

大学四年になる前の春休み。
私は障害者になった。
精神障害者。
病名、統合失調症。
当時は精神分裂病と言われた病。
精神病院に入院。
どん底に落ちた。

大学はお情けで卒業させてもらった。
働くどころの精神状態じゃなかった。
長いトンネル。
食って寝て薬飲んで病院行くだけ。
そんな日々は通算すると十年以上。
つまりは「いい若い者がぷらぷらして」いたわけで。
今考えるとそのことで両親には風当たりもあったかもしれない。

両親は文句ひとつ言わなかった。
精神面でも経済面でも支えてくれた。
情けない話だが30歳代半ばで定職に就かず、労働による収入がゼロで、親からお小遣いを貰っていた。
70歳になったらリタイヤしたいと言っていた父が80歳を過ぎるまで仕事を続けた。
私が心許なかったからであることは想像に難くない。

それなりに回復して、働けるようになって今に至る。
ほとんどゼロからの出発。
自分で言うのもなんだけれど、半端じゃない努力をしたよ。
曲がりなりにもパソコンの先生を名乗れるようになった。
20年前の「状態」からは考えられなかったこと。
ただし医者から完治のお墨付きはいただいていない。
今でも統合失調症の病名は付いたまま。
「発作のようなもの」もほとんどなくなったけれどゼロではない。
やはり正確には今もまだ私は精神障害者なのである。

ほんとうのところ回復は良い薬のおかげなのだろう。
それでも私は「笑顔を忘れなかった」から回復できたと信じている。
笑顔を忘れなかった、夢と希望を失わなかった。
それは主に両親のおかげ。
家族、友人、病院スタッフ、たくさんの支えてくれた人たちのおかげ。
だから私はしつこいくらいに言う。
ここをご覧の方はうんざりするくらい目にしているであろうセリフ。
#常に笑顔と感謝を忘れずに
である。

大人になってから。
親子として、両親と私は普通の親子よりも濃密な関係があった。
両親への心からの感謝。
少しでも恩返しをしたい。
私が母の介護にこだわるのはその理由が大きい。

マザコン、ファザコン。
そう言われても返す言葉ありませーん。
やっぱ私、お坊ちゃま君なんですかねえ?(笑)


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2013年8月 9日 (金)

「ちゃんと、立ってやります、ハイ!」

母、最近、私とふたりきりのときの口癖。
不思議なことに父や姉がいるときにこの言葉は発しない。
私のために何かをやりたいという意思表示なのだろうか。
もちろん「立ってやります」と言っても、もう立てない状態なわけで。
でもそういう意思表示をする。
母は確かに生きている。
生きようとしている。

ここ数日食欲が旺盛なことが多い。
よく食べる。
生きようとしている。
母は自らの意思で生きようとしているのだ。

「そのとき」は食欲の低下が目安になる。
訪問のお医者様が教えてくれたこと。
ならば食欲があるということは数日で、ということは少なくともない。
そう信じたい。

朝、施設の送迎の車が来る。
「お母さん、もうすぐお迎えが来るからね」
そう声をかけてから、これが思いっきりヤバイ表現であることに気付く。
これで口をつぐまない。
この言葉を笑い飛ばす。
その余裕は持っていたいな。

母を私が支えている。
一面真実だが、間違いでもある。
一方的に支えているだけじゃない。
支えていると感じることで、私も母に癒やされている、支えられている。
だから母に「ありがとう」を頻繁に言う。
例えばオシモの世話が終わったとき、(私が母に)「ありがとね」と言う。
初めは自分の発言ながら不思議に思ったものだ。
でも心からそう言いたくなるんだ。
わかったよ。
私は母に「心の安息を与えてくれてありがとう」と言いたいのだと。

母は末期癌になったことで支えてもらう人になった。
それだけじゃない。
与えられる人にもなったんだ。

例えば何でもないしぐさ。
もはや私にかわからないかもしれないかすかな微笑み。
それで私の心は安らぐ。
母は確かに与える人。

短い時間かもしれない。
幸せな時間。
母を受け入れて、母の人生を受け入れて。
支えて、支えられて。
今、心からの感謝、心からの笑顔。
私の前から母の肉体が奪われても、私の中の母を奪うことはできない。
だから私は「そのとき」を怖れない。
私の中で母はずっと生き続けるのだから。


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2013年8月10日 (土)

ほんとうの病人は誰だ?!

昨日、病院に行った。
母ではなく私がかかっている病院にです。
私が抱えている心の病、統合失調症。
現状、病状は安定している。
めったに発作のようなものはこない。
それでも月1回の通院、投薬は欠かせない。
病状が安定しているのは良い薬のおかげ。
そう考えることもできるからね。
前回の通院から日は経っていない。
薬は約1ヶ月分ストックがある。
でもさ。
このままだと1ヶ月後に薬が切れるってこと。
最悪のタイミングになる可能性もある。
というわけでたくさん薬が余っている状態で、あえて薬を貰いに診察を受けた。
次にこの病院に来るときには・・・(ここで誤変換。「次ニコの病院に来るときには」(笑))
そのときは母は・・・
その想像が頭をよぎる。
すぐに頭の中から消し去る。
今はそういうことは考えないことにしようと。

ってなわけで、病院に行ったのですが。
電車の時間がギリギリで少し走った。
電車の中で20分ほど立った。
座ろうと思えば座れないこともなかったが、さすがにご年配の女性と妊婦さんを差し置いて座るほど無神経な人間ではない。
すると。
少し落ち着いていた腰の状態が・・・
軽い痛み、違和感。
やばい。
ここで完全に腰をやってしまうわけにはいかない。
うん、騙し騙しいかないとな。
乗り換え。
いつもは短い一駅だけ乗車のため歩いている駅間を昨日は久々に往復電車にした。
物凄い暑さもあったからさ。
腰のため、と自重しました。
健康に気を遣って、歩かずに電車を使うってのも変な話ですな。

さて母。
うとうとする時間帯が多くなった。
(またもや誤変換「打とうとする時間帯が多くなった」ナイス!)
痛み止めの副作用かもしれない。
これは私のエゴかもしれないのだけれどね。
できるだけ母の起きている状態を望む。
もちろん痛みのコントロールができているという前提の上。
ちぐはぐな会話でももっと母と話がしたい。
笑顔が見たい。
その気持ちも変化した。
母の穏やかな寝顔を見られるのも幸せなこと。
母が安らかに眠っている。
苦しむことなくすやすや眠っている。
それを見ることも幸せ。
そんな母に寄り添えることも幸せ。
そんなふうに思えるようになったよ。

食事の介助をしながらテレビを見ていた。
気付くと母が私のほうを見ている。
目が潤んでいる。
言葉は発しない、ただ黙って。
母はどんな気持ちでいるのだろう。
温かく息子を見守る目。
母はやっぱり母だ。
私の自慢の母だ。
この先どんなことになってもそれだけは変わらない。
決して変わらないことなのです。


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2013年8月11日 (日)

父の眠気の意味

昨日、父が午後3時に布団を敷いてくれと言う。
朝、布団を上げようとすると「まだ敷いておいて」と言う。
今まではなかったことだ。
疲れているのだろう。
父のことも気に懸けてあげないと。
それでなくても父はほったらかし状態。
現状、母の用事と父の用事があったら、母のほうを優先せざるを得ない。
それは仕方のないことなのだけれど。
ワンタイミング遅れてもいいから父の声、要求にも耳を傾ける、そのための行動をする。
私がしなければならないこと。

「そこを、動いて、あれが」
昨日、母に言われたこと。
何度も言う。
いろいろ答え、反応を変えてみたけれど納得せず。
「そこを、動いて、あれが」
繰り返す。
経験があったから、こりゃ食事要求かな?と
「ご飯食べようか」
と言ってみたがやはり納得しない。
なんだろ?
途方に暮れた。
最後の手段。
逃げた、母の視界から消え、介護ベッドの横、下で横になった。
嘘のように黙った。
すぐすやすやと眠りに就いた。
ああ、そういうことだったのか。
過度に私にかまうな、自分の時間を持て、その意思表示だったのか。
もちろんそうだったとしても母をほったらかすわけにはいかない。
「オシモ」が気持ち悪くなった、その他諸々の意思表示。
もちろん状態の急変も怖い。
日中はできるだけ横にいないといけない。
視界から消えて、死角で読書やノートパソコン操作。
同じようなことが起きたらそんなふうに対応しなくちゃ。

おむつ、パッドを追加購入した。
それらが足りなくなる。
良いことだ。
母が生きている証なのだから。
また追加購入が必要になる。
嬉しい誤算といきたいところだ。

親戚関連で本来なら青森に行かなければならない用事がある。
何をおいても青森に行かなければならない。
義務感ではなく自分がそうしたい。
だけど。
今、両親をほっぽり出して私が青森に行くわけにはいかない。
申し訳ないけれど不義理。
姉に代表として行ってもらうことにする。

それにしても電力料金の請求が怖い。
エアコンフル稼働、洗濯機を一日何度も回す、電磁調理器、電子レンジ、ガス使用やトイレにも電気を使うご時世だ、もちろんパソコンも。
父は家にいるときはずっとテレビをつけている。
電気食い虫はたくさん。

出費はかさむ。
皆、必要な出費。
必要な出費を惜しんではならない。
たくさんの出費は母が生きていればこそ。
やはり嬉しい誤算を望むのである。


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2013年8月12日 (月)

初めてのパニック

昨日の夕方。
緊急事態が発生した。
母の状態のことでは初めてかもしれない。
しばらく水分を摂っていなかったので、水分補給をと、ア○エリアスを吸い飲みで飲ませようとした。
吸う力が弱いようだったので吸い飲みを傾けて少量を口に注ぎ込む。
ところが。
飲まない、飲み込まないのである。
「飲もうか」と言っても反応なし。
困ったような表情。
水は口の中に溜まったまま。
こちらも困った。
今度は「出そうか」と言う。
ところが。
吐き出すこともできない。
しばらく「飲む」「吐き出す」を誘導してみたが駄目だ。
水は口の中に留まったまま。
焦った。
誤嚥が怖い。
このまま寝かせることはできない。
強引に下を向かせて口を開けさせて強引に口から水を出す。

まずは落ち着いたが、ここで本格的に困った。
もう夕食の時間。
しっかりと起きた、目覚めた状態で飲食物を飲み込むことも吐き出すこともできない。
最悪の事態が頭をかすめる。
もう口から飲み食いできなくなったってことか?

(私が)ちょっとしたパニックに陥った。
訪問看護センターに電話をかける。
いつかけてもいいとは言っていたが今日はお休みの日だからな。
携帯に転送された。
担当者が出る。
状況を説明。
今考えると情けない話だが、少々支離滅裂な説明になっていることを自覚しつつ。
相手はさすがにプロ。
落ち着いている。
対処方法を言ってくれた。
何より聞いて貰えたことで(私が)落ち着いた。

もしものときのためにと買っておいた流動食、ウ○ダーinゼリーをスプーンですくって口のそばに近づける。
口をぱくぱくする。
口に入れる。
飲み込んだ。
無事飲み込みました。
何事もなかったようにいつものように飲み込みました。

「ヤッター!」
思わず叫ぶ。
しばらくウ○ダーinゼリーを食べさせ問題のないことを確認。
いつもの夕食、ワ○ミの宅食に移行。
問題なくいつものようにたっぷり食べました。
まずはよかったよかった。
この話はこれでお終い。

最近の悩み。
母が携帯の音に反応して起きてしまう。
こういうときだ。
非常連絡というのは常にあり得る。
バイブにはできない。
そもそも私は携帯のバイブが苦手。
苦手というのは正しくないか。
あのブルブルでは大抵の場合気が付かない。
だから今は常時音を出す設定にせざるを得ない。
その音に母が反応してしまう。
地味な着信音を選ぶ等の対策も効果なし。
うーんどうしよっかなー。

ニュースキャスターが「暑さに気をつけて」と呼びかけている。
「気をつける」ってどうしろって言うんだ。
突っ込みを入れつつ。
今日も暑い。


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2013年8月13日 (火)

エンドレスビッグベン

この表現でわかるかな?
この状態になることが最近よくあります。
おむつを替えているとき、大きいほうが止まらないってこと。
拭いては出てくる、のしばらく繰り返し。
根気だよね。

まあ健康状態としては良いことだからさ。
よく食べよく出す。
本当に怖いのは出なくなったときのほうだ。
痛み止めの副作用で便秘があると脅されていたが、今のところその兆候はない。

おむつ替えは苦ではない。
たいせつな人が気持ちよくいられるための作業。
そう考えるとおろそかにできない。
きれい事を言っているのじゃなくてね。
やり終わったときの満足感。
これだけ達成感のある作業がそうそうあるとは思えない。
やったー、みたいな。
生きていることを満喫できるシモのお世話。

そうそう、この機会だから言っておこう。
最近褒められることがある。
介護についての「凄いですねえ」「偉いですねえ」のパターン。
言ってもらえるのはありがたいが、言っている方は失礼ながら重大な勘違いをしているのではないか。
違うんですよ、感じるニュアンスが私の中での実際にやっている介護と。

「しなきゃならない」からしているわけじゃない。
「したい」からしているのだ。
義務でやっているわけじゃない。
自分が今やりたいことをやっているだけ。
自分の心を満たすためにやっている。
まあ言い方は悪いですが自己満足ですわ。

もちろん母の役に立ちたいという大前提はある。
母のためであるのはもちろんのこと。
でもね。
やっぱり大元にあるのは「自分のため」なんです。
「自分のため」「自分のやりたいこと」だから、苦なく続けられる。
だから笑顔でいられる。
無理している笑顔じゃないんです。

その笑顔をくれたのは母だ。
今、心からの笑顔でいられる私を産み育ててくれたのは母なのだ。
理想的な家を守る専業主婦。
自分のことは二の次。
常に子どもたちの幸せを最優先にした。
いろんな人に幸せを与えた人。
今度は自分が幸せを貰う番だよ。

何かして貰うたびに「申し訳ない」「ゴメンね」が口癖、今の母。
だから、笑顔で。
心からの笑顔で。
辛い顔、辛い気持ちで介護をすればそれは必ず伝わると思うんです。
笑顔で介護生活。
今日も、いつでも。
感謝と笑顔を忘れずに。
ハイ!


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2013年8月14日 (水)

主に父のこと

以下、「公開チクリ」はあまり褒められたことではないが、正直これを全部自分の中に溜め込むとぶっ壊れちゃう。
父には申し訳ないがこの場で吐き出させてもらう。

「最近、水が美味しくなったな。」
父が言う。
お父さん。
それ、南ア○プスの天然水ですから。
お店で売っている水ですから。
水道水を飲んでいた父にミネラルウォーターを私が出すようになった。
美味しいのは当たり前である。

「くさいな。この部屋、ウ○チのの臭いがするぞ。」
お父さん、容赦ないですね。
そりゃ、母が「なさった」ばかりですから。
その「失言」に気付かない父。
その発言の意味自体に気付いていない母。
結果誰も不幸になっていないのだから、問題ないといえば問題ない。

父のフラストレーションも相当溜まっている。
母が「こうなる」前は文字通り父の天下の家庭だった。
今は違う。
母のことが最優先される。
母の用事と父の用事が同時に発生すればどうしても母の用事を優先することになる。
母のおむつ交換をしている瞬間に「おーい」と父に言われれば、「ちょっと待って」と言っておむつ交換を続ける。
自分の言うこと、行動が最優先されない。
そのことに父は慣れていない。

昨夜、父がついに切れた。
「呼んだらすぐ来てくれよ!」
と怒鳴られた。
理屈で説明してもわかってくれる状態ではない。
そういう「症状」だからね。
「ごめんねー」
そう言いつつ仰せつかったご用は、「新聞を取ってくれ」であった。
おいおいおーい!(苦笑)

笑えないこともある。
例えば衛生面のこと。
ゴミ箱の中のティッシュでテーブルの汚れを拭く。
開けた野菜ジュースを暑い部屋に放置して数日後に飲んだりする。
その他この時期腐りやすいもの、同様。
私が気付けばいいが、台所の隅っことかだと気付かないこともある。
「やべ」と思ったときには異臭がしている。
今のところ具体的に健康に支障を来したことはないが冷や冷やものだ。
洗面所とかに普通にウ○チが落ちているときがある。
犯人は誰でしょう?
ま、私が無意識のうちに洗面所でズボンを下ろして「いたして」いないという前提ですが。

さて、母のことも少しは話さないとね。
昨日の朝、いつものようにおむつにたっぷりと「大きいほう」をしていた。
以降、おむつを見ても、リトルジョー(小さいほう)はしていても、ビッグベン(大きいほう)はちょっぴり付いている程度。
今朝もそうだったから心配になった。
気のせいか下腹部の「張り」がある。
便秘?、溜まっている?、痛み止めの副作用?
あと顔の左半分と左胸のむくみ、左目もなんだか腫れっぽい。

心配事が重なったので訪問看護センターに今日朝10時頃に電話をした。
便秘の薬を使いましょうかみたいな話になる。
左の腫れについては、単に左を下にして寝ていることが多いから、
っていうか家ではいつもそう、だからのようだ。
ベッドは右側を壁にくっつけている。
よって私はいつも左側にいる。
仰向けの姿勢は背中が曲がっているから長時間続けられない。
脳梗塞により右側視野狭窄(右半分の視野が欠けている)。
そんな理由から、ほぼずっと左を下にして左を向いて寝ている。
その影響みたい。
それについても適切なアドバイスをもらった。

施設での機械浴の介助。
訪問看護の担当者も様子を見に来てくれた。
なんてことはない、便は出るようになっていた。
普通に出ていた。
っていうか、いつものように「どうにも止まらない」状態。
この状態で便秘の薬なんて飲んだら大変だ。
病院の先生にも連絡を取ってもらい相談の末、しばらく追加の薬なしで様子を見ましょうという話になった。

ああ。
なんか長くなっちゃいました。
ここ(このブログを書くこと)が発散の場所になりつつあるぞ。
ま、いっか。
ライフワークがあるというのは良いことだ。
これからも溜め込まずに行きましょ。
今日も、笑顔、感謝で締める。


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2013年8月15日 (木)

朝の爽やかな空気の中で

なんか気分が晴れない。
昨日ここに書いたことが原因と気付いた。
父について陰口を叩いてしまった。
やっぱ陰口はよくない。
慣れないことをするといかんな。
後ろ向きなことを書くのはもうやめよう。
反省。

そうそう。
昨日書くべきことはもっとあったんだった。
一昨日、「もうひとりの姉」が来てくれた。
あれ、お前、姉ひとりのふたり姉弟って言っていなかったっけ。
いや、そもそもそのこと自体ここでは書いていないか。
ハイ、姉がひとりいます。
戸籍上の姉がひとり。(←誤解を呼びそうな表現だが深い意味はない。普通に「姉」ってこと)
別にもうひとり感覚上の姉がいるのです。
いとこです。
小さい頃、同じ家で一緒に育った。
私にとっては姉そのものなのです。
つまりはもうひとりの姉ですな。

さてその姉。
母にとっても、実の娘のようなものだから、来てくれてたいそう喜んだ。
表情は乏しくなったが、「わかっているのがよくわかる」
乏しいなりの笑顔で歓迎している。
男の私ではあげることのできない「感覚」がある。
サポートしてくれるふたりの姉に本当に感謝。

今朝は思いの外早く目覚めた。(←あ、母がね。私はもっと早く起きています)
暗い部屋に豆球の明かりという「景色」は寂しい。
だから目が醒めているなら、夜が明けたらすぐにでも雨戸を開けて外の光を入れることにしている。
もう5時くらいから起きている。
早々と5時過ぎには雨戸を開ける。
5時半前には朝のおむつ交換と着替えを済ませた。
昨夜結局下剤を飲んだのに便の量は相変わらず少ない。
なにかよくないことの「前兆」ではないかと心配である。
心配してくれた訪問看護の人が朝のうちに来てくれることになっている。
なぜかわからないままの心配は精神衛生上よろしくない。
なんだかんだで今、午前6時10分。
母はまたうとうとし始めた。
私は横で座りながらこれを書いている。

最近困ること。
着ているものを脱ごうとする。
特に寝間着。
放っておくと寝間着の前のボタンを開けて、もっと放っておくと脱いで素っ裸になってしまう。
暑いからとは思えない。
トイレに行きたいからでもなさそうだ。
見ていればそれくらいのことはわかる。
「ヨシ!ヨシ!」
と掛け声をかけながら寝間着を脱ごうとする。
何かをしたいのだろうな。
それが何かは今のところわからない。

これは悪いことなのか良いことなのかわからないのだけれど、施設(小規模多機能型居宅介護事業所)の人と「タメ口」をすることが多くなった。
お互いにね。
必ず「~ですよね」だったのが「~だよね」になる。
無意識のうちに。
良いことなのだと思う。
無礼になったのではない。
「同志」のような感覚が生まれてきた。
介護をサポートしてくれる。
私のできないことをやってくれる。
一緒に母の車椅子での段差持ち上げをして。
一緒に「シモの世話」をして。
一緒にお風呂に入れて。
これで連帯感が生まれなければ嘘だろう。
施設のスタッフの皆さん、これからもよろしく!
あ、またタメ口叩いちゃった!(笑)


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2013年8月16日 (金)

嵐のような時間の流れ

昨夜から今日にかけて、大変でした。
最近のブーム。
着ているものを脱ぎたがるブーム~~
早々に寝間着に着替えたのだが、午後6時頃から「脱ぎたくなる発作」が発生。

寝間着を脱ごうとする。
ってか放っておくと脱ぐ。
素っ裸になってしまう。
さすがにそれはよろしくない。
ってことで「戦い」ですわ。

母が前のボタンを外す。⇒「新しい寝間着だから大丈夫だよ」等々いろいろな言葉をかけながらボタンをかける。⇒母がボタンを外す⇒私がボタンをはめる。
延々とその繰り返しだ。
それが約一時間。
やっと脱ぐことにこだわらなくなったと思ったら・・・

今度は不安定な状態に。
「どうすればいい」
を繰り返す。

どう返しても納得しない。
大声をあげる。
ベッドの上でのたうち回る。
立てないのに立とうとする。
「どうすればいい」
に対してなんと答えても切れるように叫ぶ。
言われても黙るしかない。
それが一番無難な対応になってしまった。
北島康介の「なんも言えねえ」状態だな。

他のこと、とりとめのないことを言うようになった。
青森訛りも入る。
昔に戻っているのか。
手を強く握り続ける。
母の枕元を離れることができない。
そんな状態でも父は「晩ご飯まだ?」と急かしてくる。

さすがにひとりでは抱え込めなかった。
姉に「Help!」の電話。
すっ飛んできてくれた。
本当にありがたかったです。

なんだかんだで母も収まって寝つき、姉が帰った。
ところが・・・
姉を見送り、部屋に戻ってみると。
おめめぱっちりじゃあーりませんか。

なんだかんだでほぼ徹夜ですわ。
寝たと思ったら声をあげたりベッドから降りようとしたり。
母は15分の睡眠を繰り返す、のパターンだから睡眠時間は問題ない。
でもこっちはね。
まったく気が抜けない。

それプラス。
昨日の夜から便秘の薬を増やした。
やっぱ出が悪いということで。
そうすっと、さすがに出るわけですよ。
もぞもぞしている。
察して午前一時におむつ交換。

熟睡してくれない。
こっちもその状況で真っ暗なままでは参ってしまう。
明るくなったところで雨戸を開けてしまい、外の光を入れる。
午前五時、着替えとおむつ交換。
下剤の効果はてきめんだ。
たっぷりと「なさって」いる。

やはり周期が早い。
午前七時にまた交換。
またもやたっぷりと。
洗濯その他をこなして、朝食を終えたのが午前8時15分。

もう限界、疲れた、眠い。
おむつ替えなきゃとは思ったが、睡魔に負けた。
お母さんごめんなさいってことで。

たぶん9時40分頃(その時間もはっきり覚えていない)
施設の人がお迎えに来て、玄関のチャイムで、はっと目を醒ます。
やべ、臭う。
こりゃやっているよ。
お迎えの施設の職員がおむつ交換をしてくれる。
史上最大の大惨事。
こんなの見たことないってくらいの量。
シーツの上に敷いていたバスタオルまで汚れてしまった。
本当にゴメンね、お母さん。
本当に気持ち悪かったろうね。
オシモがあの汚れ状態じゃとても不快だったことだろう。
反省。
しゃんとせい!自分!
気合いを入れる。

汚れ物を漂白剤につけ込む。
あっという間に11時。
施設での機械浴の介助に出発。
午後一時頃帰宅。
洗濯。

ここの更新なんて後回し。
とにかく寝なきゃ駄目だ。
と思ったが、変なスイッチが入ってしまったらしく目が冴えてしまった。

それで今この文章を書いている。
もうすぐ両親が施設から帰ってくる。
そうしたらまた嵐の時間が始まる。
昨夜の二の舞も十分考えられる。
ちょっとだけでも寝なくちゃ。

ハイ、寝ます。
ZZZzzz...


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2013年8月17日 (土)

♪これが私の一日の仕事です~

案の定・・・
今朝、寝坊しましたっ!(冷汗)
ま、仕方がないですね。
「ほぼ徹夜」の翌日ですから。
これくらいは自分を許してあげないと。

今日は日常スケジュールと朝食メニューなどを。
月曜日から金曜日の日中は施設(小規模多機能型居宅介護事業所)で過ごします。
できるだけ、可能な限りは今までの日常を続けようってことで。

以下、平日のスケジュールです。
起床時間はばらつきがあります。
早いときは朝4時頃からおめめぱっちりのことがあり、遅い日はずっとすやすやで、余裕あるスケジュールのためのタイムリミット、朝7時頃に起こします。
(基本、私がそれより前に起きているのはもちろんのことです)
おむつ替え、洗濯、朝食準備、等々、やることは山ほどあります。

朝食のメニューなどを。
毎日決まったメニューです。

ご飯。⇒小さめのお茶碗に半分以下。
お味噌汁。⇒今は減塩のインスタント味噌汁。お椀に半分くらい。
梅干し。⇒低塩分。塩分2.8%の蜂蜜漬けのやつ。一個。
らっきょう。⇒ピリ辛味のもの。一個。
納豆。⇒普通のパック、三分の一くらい。
スクランブルエッグ。⇒唯一これが料理と呼べるもの。姉直伝。私が作ります。牛乳とマヨネーズを多めに入れるのがポイント。

もちろんすべて完食でないのはもちろんのこと
母は食べるのがすごくゆっくりですし、私も介助しながら自分の分を食べます。
ご飯は一緒に食べたい。
だから三人一緒に母の居室で。
一緒に食べる父にも気を配ってあげなければいけません。
よって準備、食事そのものの時間、後片付けの時間を入れると、軽く一時間をオーバーする時間がかかります。

食器片付けやらなんやら、慌ただしく過ごし、9時半頃に施設の人が父と母を迎えに来ます。
移動はすべて車椅子のままで。
玄関にかなりの段差があるので、ひとりでは無理。
これが一日で一番力が要る作業ということになります。

母が出掛けたところでシーツ他の洗濯、最低限の掃除。
掃除についてはかなり手を抜いていますがね。
ここから母の帰宅までが私の自由時間。
月水金は11時から母の機械浴介助のため10時50分頃に家を出て自転車で施設へ。
母の入浴後、そこで母の食事介助も兼ねてお昼をご馳走になってから帰ります。
だいたい午後一時くらいかな。
私もお風呂に入らなければいけません。
ゆっくりゆったり入ることにしています。
リラックスタイムですな。
午後5時頃、施設から父と母、帰宅。

これが月から金の基本パターン。
クリニックの先生の往診。
訪問看護の来訪とかがある日もあります。
洗濯物の取り込み、たたみもある。
買い物は姉に頼ったり、ネットスーパーが基本ですが、自分で買わなきゃいけないものもある。

突発的な出来事は日常生活につきもの。
そんなこんなを考えると平日日中、実質私の自由になる時間はびっくりするほど少ない。
下手をするとゼロです。

両親の帰宅後、母の相手。
さすがに疲れていてなおかつ神経が高ぶっている。
お相手をしてあげるのは必須です。
手を握ってあげる。
それだけでもずいぶん違ってきます。

父にお風呂に入ってもらう。
父は現状入浴はひとりで問題なくできます。

夕食準備、夕食。
夕食はワ○ミの宅食。
超手抜きでーす。
やっぱり三人揃って。

食事が終わって。
投薬、おむつ交換。
食器片付けは翌朝回し。
電気を消す。
順調ならこれが午後7時20分くらい。
母が寝付くまで手を握ってあげる。
寝付くまでの時間は早くて5分か10分。
遅いときは際限がない。
母が眠ったことを確認してから私が母のベッド横に布団を敷いて寝る。
早ければ午後8時前?!
小学一年生の子どもかっ!
ん~~~、ちょーけんこーてきっ!

そして私は超早起きをして「完全な自分の時間」を確保。
これが私の一日の仕事でーす。


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2013年8月18日 (日)

シモ地方大惨事警報発令中

ただ今午前6時40分
母の横にいる。
待機している。
横でこの文章を打っている。
昨夜、看護師さんの指示で、下剤を飲んだ。
経験上、「シモの大惨事」になることが予想される。
経験上、場合によっては一時間毎のおむつ交換が必要になる。
放っておいて、結果母に物凄く気持ち悪い思いをさせてしまった苦い経験。
二の舞はしたくない。

午前3時頃からこの状態で起きてノートパソコンを開いて横で待機している。
お尻の臭いを5分毎にチェックしつつ。
母のためであるのはもちろんのこと私自身のためでもある。
大惨事になると手間が増える、やることが増える。
寝間着から漏れたら洗濯の手間も増える。
陰部洗浄とかも大変になる。
おむつ交換の手間も数倍になる。

「いたしたら」何らかのサインを出してくれる。
やっぱ気持ちが悪いだろうからね。
それに即気付けば、「大惨事」は未然に防ぐことができる。

午前3時の交換ではリトルジョー(小さい方)のみ。
昨日一日、ビッグベン(大きい方)はなし。
食べるものはいつものペースで食べている。
計算が合わねえ。
相当お腹の中に「溜め込んでいる」ってことくらい素人の私にだってわかる。
腸閉塞が怖い。
だからなるべく便は早めに出す。
そういう方針。

今、すやすやと安らかに眠っている。
お尻に鼻をつけたが「サイン」は今のところなし。
昨日の晩、びっくりするくらいの笑顔が見られた。
全部治ったんじゃないか。
そう思いたくなるくらい。
もちろん理路整然と喋ったわけじゃないけれど、笑顔で能弁。
こういう状態の母を見るのは嬉しい、楽しいこと。

状態は良い。
と言いたいところ。
確かにそれは真実だけれど。
退院時と比べれば確実にいろんな意味で落ちてきている。
だって大変だったけれど、トイレに行けたのだもの、居間に移動できたのだもの。
今の生活はベッドと車椅子がすべてだ。

意味不明のことを叫び、動き回り自らベッドからずり落ちようとしていたときの母の発言。
「これじゃああんたが休めない」
はーい、ツッコミ待ちですかあ~~
ここは突っ込むところですよねえ~~
「お母さんがその状態だから休めないんですよ~~!」
思わず口に出してしまった。
気のせいか母が「くくっ」と笑った。
これは長い前振りのギャグだったのか?
なんだかんだで笑えたのでした。

笑顔をありがとう、お母さん。
今日も、笑顔を、感謝を。


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2013年8月19日 (月)

おむつはこまめに取り替えましょう

下剤を飲んだだけのことはある。
昨日、案の定。
オシモが爆発しました。
予期してずっと横で待機。
サインを見逃さずすぐおむつ交換。
40分で取り替えたことも。
おかげさまで「大惨事」には至りませんでした。
さっき、(私の)起床直後、午前1時半頃にも交換しました。
前回のおむつ交換は午後7時半。
私も寝なければいけないので、その間交換はできません。
ちょっと時間が経っていた感じの汚れ方。
不快だったろうなあ。
ホント、申し訳ない。

昨日、姪っ子が来てくれました。
ホント助かる。
姪っ子が帰った頃から、母のちょっとした「混乱」が始まった。

「私、どうなって・・・」
「どうすればいいの?」
「こっちからこう」
「お父さん、どこ、あの」
「あいてます?消えてます?あの」
「ヨイショ!」
「ラジオが、窓が、見てくれる」
「ちゃんとついてるか」
「そっちはどう?」

記憶の範囲でこれだけ。
訳のわからない言葉を繰り返す。
何かしたいのだろう。
でもわからない。
なにもしてあげられない。
強く手を握る。
それくらいだ。

さて今日は土日の過ごし方などをざっと。

休みだからってことで朝はちょっと遅め。
土日は施設には行かない。
家族三人ずっと家にいることになる。
ある意味楽で、ある意味気が抜けない。
基本はずっと母の横にいる。
見張るという表現はよくないが、見守ってはあげないとね。
不意のアクシデントが怖い。
ちょっと目を離したすきに、ベッドからずり落ちようとしていたこともあった。
最近はおむつを止めているマジックテープを外すという「高級テクニック」を身につけつつあるのが悩みの種。
おむつを外した状態で「されて」しまったら・・・
ゾッとするよね。
土日は父は布団を上げない生活になりつつある。
昼間も布団で寝ていることが多い。
母がこうなってから父もグッと「きた」気がする。
疲れるのも仕方がない。
85歳ですから。
衰えはあって当然だ。

そんな感じで土日は過ぎていく。

携帯のバイブに気付かないことが多いとここで書いた。
昨日。
私の携帯がブルッたのに、私が気付かず、1メートル離れていた姪っ子が気付いたという。
やばくね?
私、鈍感すぎ?(苦笑)


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2013年8月20日 (火)

母も感謝を忘れない

おむつ交換のとき。
母は必ず「ごめんね」「ありがとう」を言う。
何度も言う。
こうなってしまっても、それだけは忘れない。

そして私もおむつ替え作業中に「ごめんね」を言う。
あっちを向かせてこっちを向かせてゴロンさせて、辛い思いをさせてごめんね。
そして終わったとき「ありがとうね」を言う。
お世話させてくれてありがとう、心の安らぎ達成感を与えてくれてありがとう。

母は感謝を忘れない。
私も感謝を忘れない。
感謝すること。
特別に「感謝しなさい」とか言葉で教えられた記憶はない。
行動で母が教えてくれたこと。

なんで赤ちゃん言葉になっちゃうのだろう。
母の介助をするとき、無意識に赤ちゃん言葉になることがある。
「食べまちょーね」「そうでちゅねー」
とか。
人はそのときに向けてだんだんいろんな意味で赤ちゃんに戻っていく。
自分の意思を言葉で伝えられない。
食事を自分で食べられない。
トイレに行けなくなっておむつを替えてもらう。
まさに赤ちゃんに戻っている。

母が家にいるときは基本母のベッドの横で過ごす。
ただ横にいるのもなんだからね。
母が眠っているときや落ち着いているときは、本を読んだりノートパソコンを開いたり。
起きて落ち着かなくなると手を握る。
手を握ると強く握り返してくる。
1時間2時間かかることもある。
ずっとは続かないからやがて落ち着く。
そしてまた読書、ノートパソコン。
そんな日常。

母の介護生活。
今このとき、このタイミングで。
とんでもないことが起きた。
「今こうなりますかあ」
と言いたくなるような。
何故いろんなことはこんなにいっぺんに起きるのだろう。
不思議なものである。
昨日起きたこの「とんでもないこと」についてはまた後日。

昨夜、また下剤を飲んだ。
ビッグベンに気をつけないとっ!
集中集中。
そして健康には気を遣う。
無理しない、ひとりで抱え込まない。
今、私がポシャるわけにはいかない。
言い方は悪いが、「うまく手を抜いた介護」をしないとね。
けれど心を込めた介護を。
思いやりのある介護を。
感謝して介護を。
笑顔で介護を。


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2013年8月21日 (水)

短くてごめんなさい

落ちます。
寝ます。
限界です。
今日はこれだけです。
失礼します。


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2013年8月22日 (木)

まだまだ未熟。笑顔も感謝も忘れかけた日。

大変だった。
試練だった。

始まりは三日前。
一昨日の文章は、いっぱいいっぱいの中で書いた強がりでもある。

夜、なかなか寝てくれない。
夜、ってか夕方を過ぎると、「パニック」に母が陥るようになった。
意味不明のことを言う、叫ぶ。
寝間着を脱ぐ。
身もだえる。
ベッドから落ちそうになる。
困ったことにオムツを外すという高級テクニックも身につけてしまった。

夜、母がなかなか寝られないということ。
イコール、私が眠ることができないということ。
朝、母が目覚める前に私が起きるのは必須だ。
母が起きているときは私も起きていなければならない。
ベッドから落ちる、変な体勢で落ちる。
命に関わることだからだ。
オムツの中に手を入れることがある。
手を舐めることがある。
それらの組み合わせを考えると起きているとき常時見守りが必要。

つまりは私の睡眠時間は短くなる。
必要睡眠時間の短さは自負している。
それでも限界はある。
こういう生活が続くのは楽ではない。

一昨日。
下剤の効果。
またもや「シモの大惨事」
それも立て続けだ。
寝間着を通り越してシーツまで汚れる。
オムツ交換そのものも大作業。
洗濯機だけでは落ちきれない汚れ。
手洗い、つけ置き洗いも必要になる。
洗濯機フル稼働。
その状態で夕方、母のパニック。
こっちもパニックになる。
ようやく寝てくれたのが午前二時頃。
「残務処理」があるからすぐには私も寝られない。
「朝の仕事」があるから寝坊もできない。
状況はお察しいただきたく。

で、昨日。
またもや夕方からパニックが始まった。
訪問看護センターのスタッフが来てくれた。
さすがの女性ならではの細やかな心配り。
何だかんだ言っても男はがさつだ。
ありがたかった。
妄言、身もだえが続く。
幻覚もあるかもしれない。
この状態で食事は無理と判断。
二日続けて夕食を抜き、寝る前の薬。
すなわち睡眠導入剤だ。
女性スタッフの心配りで収まったかに見えた。
返った途端にまたパニックが再開。

やっと収まりかけて、うとうとしたとき。
このタイミングで父が怒号と共に部屋に入ってくる。
「晩飯いつまで待たせるんだ!」
あちゃー、またお目々ぱっちりになっちゃいましたよ~~。
やむなく父の夕食の準備。
戻ってみるとパニックに拍車がかかっている。
苦労して、なだめて、手を握って。
落ち着きかけたときまたもや父。
「いつになったら布団を敷いてくれるんだ!」
もう限界。
もう限界だ。
怒鳴り返す。
「今大変なの見てわかんない?」
しゅんとする父。
少なくとも家庭内では自分の言うこと、行為に逆らわれることに父は慣れていない。
ハードパンチャーは打たれ弱いは本当だな。
私に怒鳴られるのは父にとってはおそらく初めての体験だろう。

母もやっと寝てくれた。
今日はやや早め。
午後11時頃。
残務処理。
私も眠りに就く。

くたくたのはずなのに。
眠れない。
慣れないことをするものではない。
後悔。
心からの後悔。
未熟者。
そう、私は笑顔も感謝も忘れた。
自分の辛さでいっぱいいっぱいになった。
超自己チューになった。
お腹が空いた、眠い。
認知症もあるだろう。
抑えの効かなくなった人間の本能。
父にすればそれだけだったのに。
その父に対する心配りを忘れた。
長く働けなかった私を支えてくれた父への感謝を忘れた。
笑顔を忘れた。

「常に笑顔と感謝を忘れない」
ここで書き続けてきたのに。
人に対してもいつも言っていたのに。
信念を曲げた、忘れた。
ちゃんとしなくちゃ。
そう強く思った途端、私は眠りに落ちた。

目覚めは爽やかだった。
絶対睡眠時間は少し不足しているかもしれない。
でも心が晴れていた。
よっしゃ、頑張るぞー!
りにゅーある「いつも笑顔と感謝を忘れずに」介護の始まりなのだあ!

いったんお願いした施設への泊まりも断った。
私が潰れることを心配してくださるたくさんの人たちの温かい気持ち。
本当にありがたい。
ありがたいのだけれど。
ここで投げ出したら、母を投げ出したら。
自宅の生活がすべての母から自宅で夜寝ることを取り上げたら。
旅行でもなく私の都合だけで母から自宅での「生活」を取り上げたら。
絶対後悔する。
その確信。

かといって私が潰れるわけにはいかないのはもちろんのこと。
今日の日中いっぱい、自由な時間をもらった。
コーヒー専門店での美味しいコーヒーとセットのランチ。
ゆっくりと風呂に浸かる。
15分の昼寝。
そして今、爽やか穏やかな気持ちでこの文章を書いている。

もうすぐ母と父が施設(小規模多機能型居宅介護事業所)から帰ってくる。
新たな気持ちで。
優しい気持ちで。
そう、いつもの笑顔と感謝を忘れずに。
ここ数日の試練。
私を強く優しくさせてくれる必要な試練だった。
今、穏やかな気持ちでそう思うことができる。
うん、いろいろあるけれど。
いろいろある人生だけれど。
今、本当に幸せだ。


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2013年8月23日 (金)

完全復活!だぁー!

なんか楽になった。
試練、のち、笑顔。
無事いつも通りの笑顔と感謝を復活させることができた。

笑顔の効用。
笑顔って素晴らしい。
泣き言を吐く暇があったら笑顔になろう。
心からの笑顔の瞬間に不幸はない。
今の私にはそれを言う資格が少しはあるのかな。
これは思い上がりなのだろうか。

相変わらず夜の母の混乱は続いている。
今朝。
午前1時から午前3時頃まで。
お目々ぱっちりモードになった。
今回のブームは肌掛け布団いじりブーム。
飽きもせずに繰り返す。
それだけなら害はないが、ときどきベッドからずり落ちようとする。
立ち上がりたいようだ。
でもそれはもうできない。
だからせめてもと、起き上がらせて座ってもらう。
やがて立てないことがわかる。
座る、寝るを繰り返す。
当然体力を消費する。
やがて疲れて眠りに就いた。
そして午前4時から午前5時くらい、また覚醒。
また眠る。

母の意味不明発言への対応について。
対応を誤ると偉いことになる。
怒る、叫ぶ、軽く暴れる。
単なるオウム返しでは納得しないことがある。
Yes、Noで回答できる問いかけならまだいい。
「うん、大丈夫だよ」
と言っておけば納得することが多い。
母:「ついてる?玄関、むにゃむにゃ・・・」
私:「大丈夫。玄関の電気、ついているよ」
例えばこんな感じ。
What系のクエスチョンだとお手上げだ。
母:「あの、あれは何?」
うーん、北島康介風。
なんも言えねえ。
母:「どうすればいい?」
突っ込みたくなるよね。
お母さん、それを聞きたいのはこっちの方ですよ。(苦笑)

昨日日中のリフレッシュ。
心に余裕ができた。
こんな状況、会話も楽しめるようになった。
母と話せる、関われる。
確かに生きている母と接することができる。

今日、私が書いたことを読んで
「お前いつ寝ているの?」
という疑問。
ごもっとも。
夜は超早寝。
昨日は午後8時半には寝られた。
それで朝1時に起きる。
4時間半はギリギリセーフの睡眠時間。
睡眠の1サイクルは1時間半。
その説は実感できる。
目覚めは悪くない。
プラス昼寝を少しすれば大丈夫。
この時間にクリアな頭で文章を書けている。
「大丈夫」な証拠。

朝1時?
朝じゃないじゃん!
もはや早朝と呼べる時間じゃないじゃん!
へい、返す言葉もございません。(^^;)


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2013年8月24日 (土)

シモシモ、モシモシ。

黙っていると便が出ない。
下剤に頼ることになる。
下剤を飲む⇒出る⇒下剤をやめる⇒止まる
その繰り返し。
だから一日おきに下剤を飲んでいる。

下剤を飲むと凄いことになる。
就寝前服用なのだが、翌日お昼頃、決まって「大惨事」が起きる。
タップリ食べている2日分がいっぺんに出るのだからね。
オムツを通り越し、寝間着を通り越し、下に敷いたバスタオルまで「到達」する事態になる。

別に変なフェチとか趣味とかはないんですがね。
「始末」は苦にならんです。
前にも書いたと思いますが、オムツ交換って私にとって、汚くなることじゃなく、綺麗になることなんです。
結果「その場所」が綺麗になる。
何より心が綺麗になる。
これは母も私もです。
すっきりする。
母がありがとうと言う。
私もありがとうと言う。
こんな素晴らしい気持ちにさせてくれてありがとう。
そうやって私も、心からのありがとうを言えるのです。

「オシモ大惨事」を見たとき。
「あちゃー」と言う。
そして次の瞬間笑顔になる。
お世話をする。
お互いに「ありがとう」を言う。
私たち親子、やっぱ変なんですかねえ。


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2013年8月25日 (日)

そして奇跡のような時間がやってきた

一昨日の夜から昨日の朝にかけて。
ちょっときつかった。
心は別にきつくないのですが、睡眠が小間切れになってしまった。
夜中、母がちょくちょく起きる。
そしてしばらく起き続ける。
喋り疲れてうとうと。
そしてまた起きる。
その繰り返し。
母が起きた、という感覚は鋭敏になった。
ブツブツ言うとはっと目が醒める。
起きてベッドから転落したら大事。
結果、一時間の睡眠が一回、10分~40分の睡眠が5回くらい。
そりゃ眠くもなるわ。

そして明けて昨日。
夜明けと同時に雨戸を開けて朝の日を入れて起床。
いつもどおり三人で朝食を済ます。
午前中、下剤後のオシモ大惨事。
そのあと目が冴えて、4時間くらい意味不明のことを喋り倒す。

反省は生きていた。
こんなときも笑顔と感謝を忘れなかった。
おざなりの対応でなく、形だけの笑顔や感謝でなく。
心からの笑顔、心からの感謝。
眠かったが心は晴れていた。
笑顔と感謝を忘れる。
その轍は二度と踏むまい。
「お母さん、容赦ないな」
笑顔で言う。
わかっているのかわかっていないのか。
母もつられて笑う。

午後二時頃、姪っ子が来てくれた。
昼食。
「ちょっと寝させて」と15分の仮眠。
ちょっと自由時間をもらい自分の部屋の整理。
姪っ子が飛び込んできた。

「冴えているよ。泣いている。」と。
それが奇跡の時間の始まりだった。
治ったんじゃないか。
そう思えるくらいクリア。
「元気でね」
「元気になりたい」
「みんなで遊びたい」
ぽろぽろ泣く。
固有名詞もバシバシ出てくる。
ちょっと津軽弁の訛りも。
昔に戻ったのだろうか。

手を握る。
強く握り返してくる。
握った手を顔に当てる。
また涙。
涙で手が濡れる。
「ありがとね。ホントありがとね」
おばあちゃんっ子だった姪っ子も目を真っ赤にしていた。

いつまでもいるわけにはいかない。
姪っ子が帰った。
母の部屋にふたりきりになり、母は相変わらず泣かせることを言う。
張り詰めたものがぷちんと切れた。
私も泣いた。
ぼろぼろ泣いた。
いろいろ話したなあ。

「お母さん、ありがとう。お母さんが優しい人だったからみんな優しく育ったんだよ。愛をありがとう、ホントにありがとう。愛しているよ。」
そしてふたりでまた泣く。

この状況は独占できない。
もったいない。
こんな状態、チャンスがそうそう来るとは思えない。
父を呼ぶ。
夫婦だけの時間をあげよう。
15分、自分の部屋に。
そして母の居室に戻る。
母と父にどんな会話があったかはわからない。
有意義な時間だったのだけは確かだ。

そして。
急遽姉を呼ぶ。
残念なことに姉は「超クリアな時間」には間に合わなかった。
奇跡のような時間は終わり、少し混乱した状態に戻っていた。
それでもいつもよりは数段良い状態。
姉は最近、パニック状態の母にしか会っていない。
姉にとってもいい時間だったと思う。

神様がいるとしたら、ご褒美をくれたのかな。
いつも心からの笑顔と感謝を忘れずに。
その気持ちの復活。
笑顔介護、真心介護。
復活したところでこの状態。

眠るときもパニックにはならなかった。
多少混乱はしていたが、「プチ幻想」「プチ暴れ」程度。
寝間着を脱ごうとするときも「着替えたばかりの寝間着だから脱がなくて大丈夫だよ」理屈で言えば三回に二回はボタンを外す手を止めてくれる。
夕食から3時間ほどかかってしまったが、基本穏やかな状態。
午後10時過ぎ、母、就寝。
「奇跡のような時間」を反すうしながら、私も眠りに就いたのでした。

そしてもう一度。
ありがとう、お母さん。愛しているよ。


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2013年8月26日 (月)

戦うのではなく付き合う

母の服脱ぎ脱ぎブームは続いている。
それに対する対処。
最初は戦っていた。
ボタンを外したら私が直す。
それを繰り返した。
「ずっと戦っていたら疲れちゃいますよ」
訪問介護のスタッフからもらったアドバイス。
放置、に対策を変えた。
黙っていると上半身素っ裸になっちゃう。
それも放置した。
脱いだらバスタオルを掛けてあげればいい、みたいな。

一巡して今は「付き合う」ことにしている。

戦うのではなく付き合うんだ。
脱ぐのを放置すると当然身体が冷える。
この気候、母の体力。
で基本暑い日はエアコンを消すわけにはいかない。
身体が冷えると眠りが浅くなる。
イコール頻繁に起きる。
母が起きる。イコール私が眠れない。

そして、服脱ぎ脱ぎに付き合うことにした。
やっていることは最初と同じ。
ボタンを外したら私が直す。
その繰り返し。
でも立ち向かう姿勢が違う。
「戦う」じゃなく「付き合う」
楽な気持ちで臨めるようになった。

脱ぐ⇒着せる⇒脱ぐ⇒着せる
その繰り返し。
長いときは2~3時間付き合うことになる。
それでも「放置」よりは私の負担が減ることに気付いたんです。
裸にならない⇒身体が冷えない⇒時間はかかってもいつかは疲れてやめる⇒ぐっすり寝る⇒私も寝られる
そういうパターンになることに気付いた。
トータル私が楽をできるのですよ。
脱ぐ⇒着せる⇒脱ぐ⇒着せる
その時間のロスよりも、結果私の寝られる時間を増やせるメリットのほうが大きい。
楽をするためだと思えば苦にはならない。

もちろん、母のためというのが第一。
母が寒い思いをしない。
母が心地よい状態でいられる。
それで私も楽になるのだから言うことなしだ。

--------

さてここまでは昨日の日曜日の午前中、落ち着いている母の横で書いた文章。
ここからが「今」月曜日の午後に書いている文章。
かなり状況が変わった。
ってか、そんなことを言っていられなくなった。

昨日の夕方からは凄かった。
荒れた。
母の史上最強のパニック状態。
服脱ぎ脱ぎはほんの序章。
怒号、罵倒。
こんな母は初めて見た。
発言に対してなんと返しても怒りを増幅させるだけ。

身もだえる。
脚をおろしてベッドからずり落ちようとする。
何とか薬を飲ませ、夕食も摂らず、寝かせることにした。
実はこういう状況が現れるようになってから、向精神薬を処方されている。
祈るように効くのを待つ。
が、夜中になっても効く気配はない。
正確に言えば効いてはいるのだろう。
怒号や大きな身体の動きは収まった。
でも安眠にはほど遠い。
たまに疲れてうとうとするがすぐに覚醒、意味不明発言、身もだえ。
少し疲れてうとうと、そしてまた覚醒。
それを繰り返す。
覚醒というのもちょっと違うか。
もはや本人はパニクっていること自体を認識していない。

こんなときでも笑顔と感謝を忘れずに。
といきたいところだが、少なくとも笑える状態ではない。
ここで笑顔で母に話しかけたら、それはそれで違うでしょ。

気持ちは切れなかった。
自分も寝なきゃ駄目だ。
寝なきゃぶっ倒れる。
そう考えて、何とか短いうとうとの繰り返しを確保。
集中は切れなかった。
母が動くとパッと起きる。
何もできないが見守ってあげる。
もはや特効薬だった「手を握る」も通用しない。
手を握ろうとしてもイライラしたようにふりほどく。
困り果てた。

夜が明けて、雨戸を開けて光を入れる。
それで少し落ち着いたかに見えた。
朝食の準備をしている間にまた「再発」した。
失策だった。
でもどうしようもない。
朝食の準備をしなければ今度は父が切れる。
マンツーマンディフェンスで手いっぱい。
ヤバイ状態ふたりの対応はいっぺんにはできない。

で、食事をしようとしない。
大丈夫かいな。
今考えるとこれも失策だが、あまりに気持ちよさそうに寝ていたので昨日の昼食も食べさせていない。
つまり母は三食抜いているわけで。
気のせいかやつれた気がする。

朝9時半、施設(小規模多機能型居宅介護事業所)のケアマネさんが迎えに来た。
不安だったが今日も預けることにした。
私の機械浴介助も休ませてもらうことにした。
とにかく休まなくちゃ。
睡眠時間が足りないというよりも、集中を続けたのがきつかった。
人間の集中なんてそんなに続くものではないですね。
体験に基づいているからさ。
多少、利いた風なことも言える。

休む。
とにかく休むことに集中しなくちゃ。
日本人はこんなときはとにかく風呂っしょ!
風呂に入って、涼んで、で、爆睡。
よっしゃ、回復。
ってことで今これを書いています。

こんな日が続くことも予想できる。
ひとりで抱え込まず。
甘えられるとき、甘えられる人には甘える。
基本は家で看る。
それだけは曲げない。
不思議とそんなには苦しくはない。
まったく苦しくない、問題ない、大丈夫。
それは大嘘になってしまうんだけどね。
充実しているというか。

母のために。
そしてこれは狡いことかもしれないけれど。
自分のために。
自分が満足するために。
続けます。
介護生活。
笑顔と感謝で。

さ、もうすぐ訪問看護のスタッフが来る。
怒られるのが怖いよ~~
「またひとりで抱え込もうとしたでしょ」
とか言われるだろうなあ。
「電話で話すといつでも『大丈夫』って言う」
とダメ出しを食らったばかりだ。
やっぱ私、ええカッコしいなのかなあ?(苦笑)


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2013年8月27日 (火)

向精神薬について

母。
今日は早めのご就寝。
午後11時ごろ。
寝る体勢に入ったのが午後6時半ごろですから、かなりかかったことになりますが。
ま、徹夜は回避です。

今夜もパニック、混乱はあった。
処方された向精神薬。
服用量が増えたのだが、どうも効き方が違う気がする。
こう見えて統合失調症患者だからね。
向精神薬の知識はある程度ある。
良いと言われている薬で私には効かない薬があった。
人によって効く薬は違う。
良い方向に向かうのは効く薬に巡り会えた人。
幸いなことに私は良い薬に当たって今に至る。

効いていないのじゃない。
身体の動きが鈍くなる。
眼がとろんとしてくる。
ろれつが回らなくなる。
でもそれを越えてまた冴えだした。
結局寝たのだから効いているんじゃん。
ごもっともなのですが、症状に有効に効いていないというか。
確かに眠くはなるんだけどさ。
その眠さと戦って、主張して訴えかけてくる。
睡眠障害以外の症状にどうも効いていないように思える。
さりとて「効かない」と言って単純に処方量を増やすのは怖い。
副作用も含め向精神薬の怖さも私は身をもって知っている。

向精神薬についての知識があると言っても、医者じゃないですからね。
先生が「こうです」と言えば黙るしかない。
けれど正直に言えば、たいせつな母には向精神薬の「ダークサイド」に、はまって欲しくない。

ところで・・・
今午前2時15分。
睡眠時間が足りない中。
なんで今ごろお前起きているんだって話ですよね。
TBSラジオ『月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』を生で聴いています。
基本生放送の番組。
大好きな番組。
尊敬する伊集院光さんの深夜ラジオ生放送。
これは生で聴かなくちゃ。
ってことで毎週月曜日深夜午前1時~3時はラジオ(radiko(ラジコ)だからパソコンですがね)の前です。
母が寝た午後11時から午前1時まで寝た。
放送が終わったらまた寝ます。

こういうときだからこそ楽しみは必要。
なぜかこの放送中には眠くもならないのです。


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2013年8月28日 (水)

今日はちょっち弱気モードです

あー。
隣で「一緒に頑張ろうね」って言ってくれる彼女がほしいよー。

ごめんなさい。
戯言です。
聞き流してください。


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2013年8月29日 (木)

頑張る、しかないのか。

頑張らなきゃいけない。
頑張りすぎてもいけない。
自分が潰れてしまっては仕方がないから。

「~~しなきゃいけない」は続かないよね。
「~~したい」だよ、やっぱ。
望まないことを無理にしても続かないんだ。

頑張らなきゃ、頑張らなきゃ。
知らず知らず、そう言い聞かせていた自分に気付く。

「疲れた顔をしていますね」
昨日、ある人にそう指摘された。
ぐうの音も出ない。
その通りだ。
疲れている。
うん、疲れているな、本当に。

こんな停滞の特効薬。
最近サボっていたトイレ掃除をやってみた。
無心に便器を磨く。
不思議と心が晴れてきた。
そうだ。
この達成感だ。

疲れていたのも自分。
その疲れの「感覚」を決めていたのも自分。
不具合を、不都合を、人のせいにしていなかったか。
具体的に言おう。
母や父のせいにしていなかったか。

母も父も悪くない。
自分で自分を追い詰めることもない。
たいせつな人の役に立っているという実感、満足。
それは自己満足なのかもしれないけれど。

自分が辛い気持ちで、人を笑顔にできるわけがない。
私は役者じゃない。
辛い気持ちで笑顔は演じられないよ。

無理するわけじゃない。
優しい気持ちで。

昨夜から今朝にかけて。
夜中、2~3時間おきにトイレで起きる。
って、トイレに行けるわけじゃありません。
「したい」と言ってオムツを見ると大抵「して」いる。
洗浄、交換、気持ち良い状態にしてあげる。
早朝、またちょっとした脱ぎ脱ぎブーム。
6時半、着替え。
そしてまたうとうと。
7時半、「朝ご飯の準備してくるねー」と言うと「うーん」と答えてまたうとうと。

準備が終わって朝食の配膳。
その最中、突然、なんの前触れもなく、母が泣き出した。
言葉もなくただ泣いた。
私の手を握る、さする、離そうとしない。
悲しい涙じゃなかった。
感謝の涙といった感じ。
お腹が「くぅ~~」と鳴る。
「泣いていてもお腹は空くんだね」
母も泣きながら笑う。
少しだけ食べた。

その「良い状態」のまま、施設(小規模多機能型居宅介護事業所)のケアマネさんが迎えに来る。
正直、この絶好の「良い状態」を途切れさせたくなかった。
無理して連れて行きたくはなかった。
実際最初は行きたくなさそうだった。
でもそこからがいつもと違った。
理屈を言えばわかってくれるのだ。
「みんなに会いに行く?俺もちょっと家で休みたいし」
のようなことを言うと
「疲れているだろうからねえ」
と私を気遣う言葉。
そして、笑顔で出掛けていった。

幸い切り替えた向精神薬もうまい方向に作用しているようだ。
母の「人道的配慮」
そのおかげでタップリ休めた。
新たな気持ちで。
優しい気持ちで。
はい、いつもの通り。
決まり文句を。

いつも笑顔と感謝を忘れずに。
介護介護っと。


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2013年8月30日 (金)

パニック慣れ?

寝る準備が整って。
来てくれた姉が帰ったのが午後7時半頃。
またちょっとしたパニック。
寝付いたのが午後11時過ぎ。
今日は早かったな。
そんな感じ。
パニック慣れ、ですかね。

寝る前。
母に指相撲を挑む。
当然楽勝!
「勝った」と言ったら、母が微笑んだ。
わかっているのかな。
私も笑顔。
また笑顔をくれた。
母に感謝。


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2013年8月31日 (土)

あらあら

母が落ち着かない。
まだ昼なのに・・・
先はまだ長い。
今、「プチパニック」母の横。
長い文章を打つ余裕がありません。
今日はここまで。


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2013年9月 1日 (日)

高等テクニック習得

一昨日の夜、早く寝た。
っていっても午後7時から10時半くらいまでは粘られましたが。
平たく言えばちょっとしたパニックになったということ。
夜中、思わぬ出来事が待っていた。
「ベッドから落ちる」という高等テクニックを身につけてしまった。
いやはや困ったもんだ。
いっときも気が抜けなくなったぞ。
結果私、睡眠「時間」としてはある程度とれたのだが(常人よりはかなり短いですが)「集中して」寝られないから、ちょっちキツい状態。

もうひとつ昨日は新たな事態。
昼間になっても落ち着かない。
朝の光を部屋に入れると同時に落ち着いていたのに。
そして食べようとしない。
心配するなというほうが無理というものだ。

私がいると逆効果という面も。
視界から消えると静かになる。
そういうこともある。
こちらも高等テクニック返し。
私から母が見えて、母から見えない位置で横になる。
そしてうたた寝。
こういうときだからこそ休まなきゃこっちが参ってしまう。
それでも感覚は鋭敏に。
といきたいところだが、私も全知全能じゃない。
寝ているときにはさすがに意識がない。
結果一昨日の夜から昨日の昼にかけて、計3回の「ベッド落ち」を許してしまった。
今の母の状態。
一歩間違えれば、命に関わることとなる。
ちゃんと見守ってあげなきゃね。

幸いなことに(私は)心の余裕を失っていない。
笑顔も感謝も忘れた先日の反省。
心をゆったりと持って。
まったく問題ない、辛さのかけらもない。
そう言ったら大嘘になる。
そんなに強い人間じゃないしさ。
やっぱ誰かに頼りたいという気持ちはあるんだよ。
甘えられるとき、甘えられる人には甘える。
何度も言っているけれど、ひとりで抱え込まない。
これ、大事。

現実を恨まない。
誰も恨まない。
人間ができているのではなく一種の処世術のようなもの。
結果それで幸せになれるのだから。

笑顔の記憶。
私:「ただいま!」
母:「おかえりなさい」
当たり前のこと。
当たり前の記憶。
それが今は愛おしい。
笑顔の母、優しい母。
私の中でなくなることはない。

昨夜から今朝にかけてはタップリ寝られた。
不安定のあとの安定に入った時間、寝付いた時間が比較的早かったから。
元気注入!
よっしゃ、新たな気持ちで。
笑顔、感謝で。

9月になった。
「8月中かもしれない」
お医者様に言われたこと。
それは乗り切った。
嬉しい誤算。
ずっと続くといいな。


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2013年9月 2日 (月)

食事量が減るという「前兆」

食事量が減ってきた。
食べられないというより身体が欲していない感じ。
ウ○ダーinゼリーを二口食べて「もういらない」と言ったりする。
在宅クリニックの先生は当初から「食事の量がバロメーター」と言っていた。
昨日その先生が初めて「そのときが近づいた」という表現を使った。
認めたくはないが間違いのないことなのだろうな。

冷静に考えてみる。
落ち方がなだらかだっただけで、退院時よりは大幅に体力その他が落ちている。
退院した日は要介助でドッコイショながらも家のトイレに行って用を足せたのだ。
今は車椅子への移動もままならない。
そうとう、キツイのだろうと思う。

今日、施設(小規模多機能型居宅介護事業所)へ行くことを初めてはっきりと拒否した。
てこでも動かないぞ、という感じで。
どこへも動けなくなる。
ずっとベッドで。
そういう時期がやってきたのかもしれない。

それが朝の9時半頃。
それからまたちょっとしたパニック状態に。
今、午後2時10分。
やっと落ち着いて、すやすや眠っている母の横でこれを書いている。
あれだけ喋り倒し、身体を動かしたら疲れもするだろう。

今日の午前中、対応に困ってしまった母の発言をいくつか。

「ストップして!四分の一!」
そう言われてもねえ。

「扇風機、つけて」
んでもって扇風機をつけても「違う」と言う。

「豆腐のお風呂、どこにある?」
にも困った。
言い違いかと思って
「豆腐の?」と聞くと「そう」と頷く。
「お風呂?」と聞くとやっぱり頷く。
「豆腐のお風呂、どこにある?」
さて、私はなんと答えるのが正解なのでしょう。(苦笑)

成功した会話例。
「いくつ?いくつくらい?」
当てずっぽうで答えてみた。
「三つくらいかな」
すると「あっそう」と我が意を得たりというふうに頷く。
ま、こんなうまくいった例は稀ですが。

最後にこれは会話の成功とはちょっと違いますが・・・
昨夜、穏やかな時間。
静寂のなか、私がプーッとおならをした。
「はははっ、『プーッ』だって」
母がそう言って笑う。
おならで母を笑顔にできるなら安いものだ。
じゃ、どんどんおならを!
って、違うか。(笑)


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2013年9月 3日 (火)

近づいた「その日」を考えない。現実逃避なのだろうか。

母。
昨日も昼食夕食共に食べなかった。
水分もほとんど摂っていない。
この状況。
笑いで済ませられる話ではない。
これが続いたらどうなるか。
容易な想像だ。

そしてそれはいつかやってくること。
宣告を受けた時点でわかっていたこと。
救いは今時点で痛みはコントロールできているってこと。

「縁起でもない表現」は極力使わないように心がけている。
行動に関してもそう。
以前は平気で夜に爪を切っていた。
今は夜には切らない、切れない。
迷信は気にしないタイプ。
だって自分が13日の金曜日生まれだからさ。
迷信?
そんなの気にしたら人生そのものがやっていられないわけよ。
そんな私が夜に爪を切らなくなった。
祈るような思い。

ベッドの上を移動させることがある。
持ち上げるときに気付いた。
軽くなっている。
食べなければ当然体重は軽くなる。
考えれば当たり前の話。

水分をほとんど摂っていないのにお小水は止まらない。
足のむくみ、腹水が改善されてきた。
そういうところから身体に必要な水分を調達しているのか。
身体が持つ知恵、自己保護機能なのかな。

食事の量が状態のバロメーター。
食べたくないのは身体が必要としていないサイン。
クリニックの先生の言葉はごもっとも。

「そのとき」が刻一刻近づいている。
そしてそれはもう決して遠くない日。
けれど。
「準備」は一切していない。
これも縁起担ぎの一種なのかな。

笑顔、感謝。
この介護生活のキーワード。
そこだけは絶対に譲りたくない。

にこっ。
ありがとう、お母さん。
ありがとう、みんな。
愛する人のお世話ができる。
たいせつな人の役に立っているという実感。
私は今、幸せです。


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2013年9月 4日 (水)

ケーキの甘さが身に沁みる

昨日、先生の診察。
姉と姉のような従姉妹が来てくれた。

助かった。
男ではなかなか行き届かないところがある。
何だかんだいって、がさつだからね。

ケーキを買ってきてくれて。
母に優しく対応してくれて。
夕食の準備をしてくれて。
冷蔵庫に眠っていたリンゴを調理してくれて。

抱きかかえ、支えながらなんだけれどね。
一歩二歩くらい立って歩いた。
そんなことはできっこない。
そう決めつけていた部分があった。
近すぎるとわからなくなってしまうこと。
改めて気付かせてくれた。

さてふたりが帰って昨夜から今日にかけての報告。
本当にあっさりと寝てくれた。
午後八時には熟睡モード。
いつもなら「これから夜のお付き合いが始まる」という時間だ。
これ幸いと私も寝てしまう。
寝られるときはいつでも寝ておかないとね。

ただしやっぱしこれだけじゃ済まなかった。
午後九時、午後11時、零時半に起こされる。
オシモを取り替えて欲しいらしい雰囲気。
ところがどっこいオムツは綺麗なままだった。
それでも一回オムツを外して「綺麗にしたよー、取り替えたよー」と言うと納得したように落ち着く。
一転減ったお小水。
やはり心配である。

午前二時頃から明け方まで。
ベッドに腰掛けた状態で過ごした。
うつらうつらしながら。
それでも「横になる?」の問いかけは拒否する。
放っておくと転落の危険があるからずっと夜明けまでお付き合い。

夜が明ける。
いつものように早速、雨戸を開けて朝の光を入れる。
シャキッとなってスイッチが入るのが通常だが今朝は違った。
さすがにずっと「縦に」なって疲れたらしく、今度は横になって、朝ご飯の用意ができたのに起きようとしない。
結局朝ご飯は食べなかった。
昨夜もウ○ダーinゼリー一口だけ。
昨日の昼は施設でタップリ食べたとの報告。
雰囲気、食べたくなる環境というのもあるのだろう。
今日も食べさせてもらう昼食に期待しよう。

明け方、日が射していたので、洗濯物を外に干した。
携帯さんから警告が来た。
もうすぐ雨が降りますよーって。
慌てて仕舞う。
案の定しばらくして降り出す。
助かった。

9時半に施設のお迎えが来たときも寝ていて億劫そう。
とても行ける雰囲気じゃなかった。
一度父だけ連れて戻ってもらう。
しばらくして、復活。
起き上がってシャキッとしている。
あくびはしているがクリアな状態。
「顔を洗いたい」と言う。
これ幸いと「顔を洗いに行こうか」と誘導し、再度施設の人に迎えに来てもらう。
あっさりと行ってくれた。

さて私。
しばらく休憩。
充電完了。
んでもってこれを書いている。
ヨッシャ、笑顔、感謝。
あ、ヨッシャって言うことじゃないかっ。(笑)


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2013年9月 5日 (木)

著作権発生?!俺作、俺曲、俺歌。

一昨日来てくれた姉のような従姉妹からメールをもらった。
指摘と提案のメール。
ありがたかった。
目から鱗だった。
近すぎて見えなくなってしまったものがある。
母のことは自分が一番よく知っている。
そんな奢りもあった。
ちゃんと言ってくれる人がいるのは感謝しなければならないこと。

食事のときとか。
変な歌を歌うようになった。
いや、母がじゃなく私がです。
正確にいうと言葉に節が付くっていうかね。
食事中、口にスプーンを運ぶとき。
「♪納豆~納豆~」
「♪おさかな、おさかな」
「♪おめでと~お母さん~お味噌汁完食で~す」
とかね。
誰にも文句は言わせない。
盗作じゃないもん。
俺作、俺曲、俺歌、だもんね。
著作権が発生する?
これが流行って印税がっぽがっぽ?!
あり得ねえ~~(笑)

母に感謝したいこと。
どんなときでも、たとえどんなに荒れているときでも。
オシモの世話のときは「ありがとね」と言ってくれる。
意識があるときならそれだけは忘れない。
「そういうこと」をしてもらっているという「実感」はちゃんとあるんだ。
逆にお母さんに私からありがとうです。
ありがとうと言ってもらえる。
介護生活は楽なことばかりじゃない。
それでも心が折れない最大の理由、母が感謝の気持ち、姿勢を失わない、このことなのです。

昨日の昼食も施設でしっかり食べたという。
やっぱ違うんだろうね。
仲間が周りにいる。
みんなでワイワイ食べる。
食べようという気持ちが起きるのだろうな。
悪い意味で家で食べるときってさ。
私が面と向かって「さあ食べなさい」みたいな雰囲気を醸し出しちゃうと思うんだ。

反省した。
昨日の夕食。
もちろん母に少しでも食べる意思があったという前提の上なのだけれど。
「押しつけない優しさ」を心がけた。
ちゃんと接すればちゃんと返してくれる。
変な表現だが「少ないなりにいっぱい」食べてくれた。

この気候が終わり、日中外に連れ出しても大丈夫な涼しさになったら。
夢だった「家の近くを車椅子で散歩」ができるぞお。
亭主関白の夫を持つ専業主婦として、気を遣うだけ使い、頑張れる限り頑張ってきた母の人生。
もう頑張らなくてもいいから。
決して頑張らなくてもいいから。
楽しく散歩しようね。


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2013年9月 6日 (金)

下剤。出ずに飲み、出て止める。

痛み止めの副作用らしい。
何もしないと大きいほうの便が出ない。
腸閉塞も怖い。
下剤のお世話になる。
依存性薬物の一種らしいから毎日は飲めない。
出なかったら飲み、出たら飲まない。
その繰り返し。

一昨日の晩。
その下剤を飲んだ。
効果の出る時間が延びている。
薬を飲んで約24時間。
昨日の夜、やっと出た。

それは嬉しいニュースなんだけどね。
「大惨事」になっちゃった。
前にも話したけれど、オムツ貫通、寝間着貫通。
状況はお察しいただきたく。
大量のティッシュ、ウエットティッシュ。
使い捨て手袋、ビニール袋、新聞紙。
大作業でした。

笑えるのがそのあと。
シモのお世話が終わって、汚れたものをつけ置き洗いして。
さあ寝るか、となったとき。
いつものように寝る前のホットミルク。
さあ飲むか。
冷蔵庫を開ける。つもりが、電子レンジの扉を開けてしまった。
冷蔵庫を開ける⇒牛乳を取り出す⇒コップに牛乳を注ぐ⇒電子レンジでチン
その行程を思いっきり省略してしまった。
そりゃ最初っから牛乳が入っている電子レンジはないわな。(苦笑)

テンパっていたのだろうな。
フフッ。
笑みがこぼれる。
ヨシ。
心の余裕は失っていないぞ。

昨日の昼間はゆっくり休めたし。
お昼は姉とコーヒーセットランチ。
スマホの状態がそろそろ限界。
買い換えなきゃ。
でも時間がない。
ドコモショップの異様な混み方、何よ。
そんな話をした。
とりとめもないお喋り。
母の状態とは関係なく。
日々時間は過ぎていく。

この愛おしい時間。
続きますように。
笑顔、感謝。


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2013年9月 7日 (土)

やっぱり母は母なのです

動くのが億劫になったようだ。
飲み食いするとき、薬を飲むとき。
起き上がるのがやっとの状態。
ほとんど横になって過ごしている。
食事もほとんど食べない。
水もあまり飲まない。

その状態でも(下剤を飲むからでもあるが)大きい便は出る。
お小水もしっかり出る。
「体内貯金」を使って生きているのだろうな。
眠る時間は多くなたが意識はちゃんとある。
元気がないともちょっと違う。

つまりは衰弱したのだ、しつつあるのだ。
いつか来るとわかっていたこういうとき。
ショックはない。
緩やかな準備の時間。
母は与えてくれた。

これが「波」であることを祈る。
また元気になる。
そう強く信じたい。
いや信じてみせる。

逃げるのではなく。
目を背けるのでもなく。
ちゃんと母と向き合って。
生きる、生きられる。
それを信じなくちゃ。

覚えていますか、お母さん。
食事を作って。
掃除をして。
洗濯をして。
買い物をして。
その他諸々の家事をこなして。
笑って。
笑いあった。
そんな日々を覚えていますか。

ずいぶん状況は変わってしまったけれど。
目の前の母は確かにその優しい母なのである。
逃げない。
今できることをやる。
今の精一杯を。

かといって介護疲れで私がポシャることを母は望まないだろう。
適当に手を抜いて。
「いい加減」は「良い加減」
甘えられる人には甘えて。
甘えられるときは甘えて。

私が生き生き生きることを母は望んでいる。
身体と心がどんなになっても。
あなたは私のお母さんです。
たいせつなお母さんです。
あなたに。
たいせつなあなたに。
今日も笑顔と感謝を捧げます。


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2013年9月 8日 (日)

悲しいこと

青森在住、従姉妹の訃報。
歳の近い人。
近しかった人。
明るく優しかった人。
私もショックである。

両親にとっては姪っ子にあたる人。
父には伝えた。
そして母には伝えなかった。
理解してくれなかったら悲しい。
逆に混乱させる可能性もある。
いろんな意味で不安定な時期。
やはり母には言えなかった。

母の介護生活。
今のこういう生活。
訃報には敏感にならざるを得ない。
「そのキーワード」は明日は我が身なのだ。

私にとっては大きな出来事。
故人、早速夢に出てきた。
やはり笑っていた。
笑っているのに、能弁な人なのに、黙っていた。
黙って微笑んでいた。
まるですべてわかっているかのように。
私もいっぱい言いたいことがあったのに。
ろれつが回らず言葉にならない。

馬鹿話で盛り上がった仲。
「いとこ会」も懐かしい。
早すぎる訃報。
私がこれだけショックなのだ。
家族の気持ちを思う。
心が痛む。

すっ飛んで行くべきところ。
今は行けない。
葬送には参列できない。
母を置いて行く。
無理だ。
母を連れて行く。
もっと無理だ。

遠くの空の下からだけれど。
届くと信じる。
特別な人。
この惜別の思い。
手を合わせ。
祈る。


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2013年9月 9日 (月)

いろんなことがありました

ちょっとテンパっています。
心に余裕がありません。
明日ちゃんと書きます。
ご容赦を。


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2013年9月10日 (火)

緩やかな穏やかな準備

昨日は失礼しました。
ちょっとテンパっていました。

母の状態がググッと落ちました。
食べない。
起き上がれない。

当然、いつかはやってくる、そういう日。
あらかじめわかっていたこと。
いざやってくると冷静ではいられない。
平静を装いながら、かなり落ち込んでいました。

助けてくれたのは昨日の三人の来訪者。
救われました。

姉。
施設(小規模多機能型居宅介護事業所)のスタッフ。
訪問看護センターの看護師さん。

いろんな人の厚意。
身に沁みる。
ちゃんとしなくちゃね。
私がしっかりしなくちゃね。

これが在宅で看取るということだ。
それは自分で選んだ道。
いろんな人に忠告を受けながら、結局在宅で看るという自分のワガママを押し通した。
自分の言ったこと、決めたこと、行動に責任を持たなきゃ。

水分は少しは口にしている。
お薬を除く固形物は・・・
一昨日の朝から口にしていない。
一昨日の朝食。
牛乳を一口、スクランブルエッグを二口、納豆を一口、梅干しを一口。
一口の量は今の母の状態だからお察しいただきたく。

いろんなところがほっそりとしてくる。
腹水、むくみ。
肌がぱっつんぱっつんだった頃も辛かったけれど。
痩せて肌がシュワシュワになった姿も見ていて辛い。
今は足りない栄養、水分を身体中の「在庫」から調達しているのだろう。

在宅クリニックの先生は
「お母さんの身体の声を聞いてあげてください」
と言った。
食べない、食べたくないというのは、身体が食べ物を欲していないということ。
身体がそう言っているということ。

今一番辛いのは私じゃない、母なのだ。
寄り添ってあげる、手を握ってあげる。
今の私にはそれくらいしかできない。

救いは母の表情が穏やかなこと。
苦しい顔はしていない。
痛みを訴えることもない。
まだしゃべれる。
こうなっても感謝の言葉、心遣いを忘れない。
母らしいな。

母は、母の身体と心は、穏やかなまま緩やかに「準備」をしている。
先のことは考えない。
今できることを。
今できるすべてのことを。
母のためにやっていこう。

抱え込まないでね。
ある人の心からの忠告。
真面目に真摯にその言葉を受け取る私。
そして茶化したように反応する私。
いろいろ抱え込むほど人間の器が大きくないですから。

まだ軽口がたたける。
大丈夫だ。
昨日はちょっと落ち込んだけれど。
いろんな人のサポートを受けて。
今はしっかりしている。

笑顔で接しなきゃ。
感謝しなくちゃ。
絶対に忘れたくないこと。
母が教えてくれたこと。
お母さん。
僕はあなたの子どもに産まれたことを誇りに思います。
もう少し一緒の時間をください。


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2013年9月11日 (水)

母の命。静かな灯り。

衰弱が目に見えてわかる。
この「事実」とも向き合わなきゃならない。
これが家で看取るということなんだ。

昼間も寝ている時間が長くなった。
起きていること自体が辛そうだ。
無理して起こすこともない。

無理して食べさせることはない。食べたくなければそれが身体からの声なのだ。
在宅クリニックの先生はそう言った。
無理しない、無理させない。
母のしたいように、母の望むように、母の生きたいように。
それだけを心がけている。

昨日の朝食は久々に(今の母にしては)タップリ食べた。
それからまたサッパリだ。
水分と薬だけ。

ただし、まだ「痩せる余地」は残されているように思える。
痩せてガリガリという感じではない。
頬も目に見えてこけたというものではない。

「そのとき」は刻一刻と近づいている。
母の介護のため、仕事を休んでいる私。
その私に気を遣っているのだろうか。

昨日の夜、寝る前。
絞り出すように
「早く元気になりたい!」
と言った。
私は役者になれない。
「そうだね~」
とか適当に返しておけばよかったのに。
一瞬、絶句してしまったよ。
まだまだ甘いな、自分。(苦笑)

姉が来てくれた。
お風呂に入りなさい。
叱られて入った。
誰かが来てくれているときじゃなきゃそうそうお風呂にも入れない。
起きている時間帯に30分母から目を離す。
怖くてできないもんな。

そして姉が父の病院の付き添いへ。
施設の人が車で送り迎えしてくれる。
本当にありがたい。
姉はそのまま従姉妹の葬送参列のため青森へ出発。
父はそのまま施設へ連れて行ってもらう。

母がずっと家にいるようになって、生活上の制約は多くなった。
しゃーない。
もう一度書かなきゃ。
これが家で看取るということなんだ。
覚悟の上のことなんだ。
自分で決めたことなんだ。

ありがとう、って言ってくれて。
にこっ、と笑ってくれて。
ここに及んでも笑顔と感謝を忘れない母。
私はあなたの息子です。
それはちゃんと受け継いでいますよ。
あなたは私の誇りです。

これからも、そのときまで。
ちゃんと逃げずに向き合います。
愛する人のために。
自分のために。


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2013年9月12日 (木)

返ってきたコップの悲哀

母が通った施設のケアマネさんが母のコップを返しに来た。
それは使わなくなった今となっては当たり前のことなのだけれど。
少し悲しかった。
もう母はあそこに行くことはないのだな。
そう考えると悲しくなる。
もう○○はできない。
そういうことが増えてきた。
極端に食欲が減った。
これから劇的に元気になることは、まずない。
「そのとき」のことは極力考えないようにしている。
それでも「準備期間」は確かに始まっているのだ。

訪問看護の担当者がラベンダーのオイルを持って来てくれた。
寝る前に洗面器にお湯を張って数滴垂らすと良いですよ。
アドバイスをもらった。
正直こういうものの有効性については懐疑的な人間であった。
ま、食わず嫌いだったんだけどね。
起きた事実はなによりも確かなこと。
確かに以前よりすっと寝てくれるようになった。
眠る前の「ぐずぐずタイム」がなくなった。
最初は眠りが浅いらしく、電気を消した瞬間にブツブツ言って、もぞもぞ動いていたのだが、それがなくなった。
夜中もぐっすりだ。
母のためだけでなく、私としてもありがたいこと。
母のぐっすりタイムが増えれば、私が自由に使える時間も増える。
ってか、母のベッドの横で布団を敷いて寝ている私。
オイルの効果か私も夜ぐっすり眠れている気がする。

その訪問看護の担当者。
さすがに鋭い。
母だけでなく、私の状態も素早く察知する。
「疲れているでしょ」
とか、とにかく鋭い。
一昨日の夕方の私の「状態」も見逃してくれなかった。
ずっと落ち着いていた心の病の「発作」のようなものがあった。
そうなっても冗談のひとつも言えるように自分を飼い慣らしたが、やはりプロの目で見るとちゃんと「変化」はわかるのだろう。
大雑把に言うと「不安」のようなもの。
「元気がなかった」のだそうだ。
私もちょっとした「極限状態」に身を置いている。
状態の落ちてきた母。
悪い意味での「急激な変化」を見逃すのが怖い。
24時間、完全に気を抜くことができない、そんな状態。
早朝とか、自分の部屋にいるときでも、10分タイマーをかけて定期的に母の様子を見に行く。
私が抱えた心の病。
やはり完治はしていない。
思い知る今日この頃。

いろんな人のサポートに支えられている介護生活。
施設の人が毎日、母の身体を拭きに来てくれることになった。
暖かいタオルを当てて上に大きなビニール袋を被せる。
蒸し風呂状態を作り出すわけだ。
母も気持ちよさそうだ。
うっとりとした表情。
そう、施設で機械浴をしていたときに見せていた表情だ。
心身共に快適な状態なのだろうな。

さて、オチ、は作らなきゃならないな。
あ、作る必要もないですが。
オチのない文章は自分的に落ち着かないので。(笑)
昨晩。
歯磨きをした。
歯磨き粉をつけて私がブラッシングする。
終わって水を口に含ませる。
うがい受けを口に当てる。
「くちゅくちゅだよ~」
くちゅくちゅする。
「ぺっ、だよ」
ところが・・・
ごっくん!
飲んじゃいましたあ。
ま、飲み込んで多大な害のある成分が含まれているとも思えないし、いいんですけれどね。

そして今日も介護は続く。
それほど長くはないと思える「時間」
それでも。
笑顔、感謝で。


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2013年9月13日 (金)

そのとき、すぐそこに。

状態が芳しくないです。
はっきり言います。
「そのとき」がすぐそこに近づいたということ。
今日か、明日か。
お医者様いわくのそういうレベル。

昨夜、急変の知らせに、姪っ子、姉、甥っ子が来てくれた。
まだたまに起きて、ちぐはぐながらも言葉を交わせる状態。
姉が来たときは興味なさそうに
「知っています」
とバッサリ。
過ごした時間が一番長い一番上の孫(つまり私の甥っ子ね)が来たときは
「あーあーあーあー」
とにっこり。
恐るべし、孫パワー!

このときになっても
「どうもどうも」「よろしく」
周囲に気を遣う言葉を発する母。
ホント、母らしいなあ。

辛いこと。
だとは実は思っていない。
平常心と言えば大嘘になるけれど、取り乱してはいない。
心の中は穏やかだ。
笑顔で母と向き合っていられる。
こういう気持ちも母がくれたもの。
ほんとうにありがとう、お母さん。

昨夜遅く。
眉間にしわが寄った。
少し苦しそう。
初めてオプソ(モルヒネ)を使った。
さすがだね。
すぐ楽な表情になった。

今朝の朝食はいつも通り。
いつも通りを心がけた。
母の横で父と一緒に食べた。
母の分を用意しなかったという違いは大きいですが。
少しムキになった部分はあるかな。
こんなときだからこそ。
いつも通り、いつも通り、いつも通り・・・
呪文のように唱え続けた。

今は落ち着いています。
母の横でこれを書いています。
ゆっくり文章が書ける機会は当分ないかもしれません。
ご容赦を。


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2013年9月14日 (土)

粘れ!お母さん!

母はまだ生きています。
よい意味で先生の予想が外れています。
今日の時点、先生の見立て。
「連休中」
そして
「私は占い師ではありません」
確かに!
お母さん。
無理はしなくていいけれど「もうちょっと」ねっ!

それでも徐々に、確実に衰えているのは確か。
今日から酸素吸入を始めました。
酸素発生器を設置。
機器の大きさにどん引きです。
母の部屋にどんと鎮座ましましています。

気が抜けない、ヤバイ状態であるのは間違いない。
昨日、訪問看護のスタッフに
「今夜は寝ないほうがいいですかねえ?」
と聞いたところ
「仮眠を取りつつ起きていたほうがいいんじゃないですか」
と言われた。
その妙な文章にお互いすぐ気付き、笑った。

で、アドバイスどおり、50分起きて10分寝る。
そのスケジュールを朝まで続けました。
はーい、白状しまーす。
そんな完璧な人間じゃありません。
教訓。
この歳でこの緊張状態の中で徹夜なんてするもんじゃなし、できるものでもない。
夜が明けて。
また15分。
と携帯のアラームをかけて仮眠・・・
のつもりが・・・
気付いたら・・・
あらら。
やべ。
タイマーの音にも気付かず熟睡モードへ。
しっかりと眠ってしまったぜい。
タイマーを開始したときの時刻も覚えていないから、たぶん2時間以上寝た、としか言えない。

どうしよ。
訪問の先生が来てくれる時間までに朝のスケジュールをこなせないかもしれないよー。
姉に「Help!」した。
持つべきものはよき姉かな。
仕事前に飛んできてくれた。
ありがたし。
私のとはひと味もふた味も違う家事、朝食。
インスタントじゃない味噌汁を久々に食べたぜい。
手際がよい。
私が同じことをやる半分以下の時間で済んだだろうし。

私のことを完璧主義者みたいに思っている人がいるみたいだ。
とんでもない。
生身の人間ですよ。
眠たくなったら寝るし、抜けるところは最大限手を抜く。
実にいい加減。
いい加減が好い加減(良い加減)だあ。
と信じ込もうと行動する。

半分姉同然の従姉妹も来てくれた。
この期に及んでも笑顔が絶えない。
つくづく幸せな家系だ。
おめでたい?不謹慎?
言わせたいヤツには言わせておけ。
笑顔でいられない、嫌なこと、無理をしていることなんて、続きっこないさ。
無理していない、笑顔でいられる。
だから私も介護を続けられるわけで。

はいここで改めて。
いつものヤツを。
いつも笑顔と感謝を忘れずに~~
であります。


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2013年9月15日 (日)

まだ頑張って生きる母。孫に気を遣っているのかしらん?

母は頑張っている。
高校三年生の一番下の孫。
明日が最後の体育祭。
台風接近。
このままだと明日は雨天延期で明後日の開催になると思われる。
その会話は枕元で散々したから情報は母にインプットされただろう。

いろんな人に気を遣って生きてきた人だから。
心遣いを忘れない人だったから。
ちゃんとすべてわかっていて。
愛しい孫の体育祭が終わるまでは頑張る。
そんな気がする。

確かに衰えてしまったけれど。
その日は近いかもしれないけれど。
精一杯の気遣いで。
精一杯頑張っている。

凄い生命力。
お医者様の想像を超えている。
ときどき目を開けて「大丈夫」と口を動かす。
たいした人です。

全力でサポートしよう。
今私にできるのは。
いつも横にいて。
手を握ってあげて。
話しかけてあげて。
痛み苦しみにすぐに気付いて薬で緩和してあげる。
それくらいしかできないけれど。
介護生活の総仕上げ。
ちゃんとやりまーす。

昨日、従兄弟(いとこ)が来てくれた。
話題にいろいろ「いとこ」が出てくるので皆さん混乱します?
はい、たくさんいるのですよ。
父方母方あわせて「いとこ」は合計12名。
少ない方ではないですよね。
そして、しかも。
その親戚の繋がりが密なのが我が家系です。

昨日来てくれた従兄弟。
姉(私にとっては従姉妹ですね)を失ったばかり。
忙しい中、大変な時期。
母に会いに来てくれた。
ほんとうに嬉しかった。

いろんな話をして。
馬鹿話をして。
楽しかった。
束の間の休息でした。

ふたりの姪っ子(母にとって孫)も来てくれた。
意地悪を仕掛ける。
母の横に座っているとき。
聞こえるように独り言を言う。
「そうかあ。食器を洗ってくれるとはありがたいなあ!」
うーん、悪魔の声。(笑)
お互い笑う。
そして片付けてくれた。
私が楽できたー!

たとえ反応もできないとしても。
聴覚は最期まで残っていると言われる。
母も聞いて心の中で笑っているのだろうな。
実際今でもときどき笑顔を見せるし。
やっぱりどんなときになっても笑顔と感謝を忘れない人なのだな。
遺伝?教育?
ちゃんと受け継ぎましたよ。

もう無理しないでいいからね。
我慢しなくていいからね。
痛いなら痛いって言ってね。
苦しいなら苦しいって言ってね。
それができないなら我慢せずに表情に出してね。
ちゃんと支えてあげるから。
一緒に。
もう少しだけ生きようね。


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祈るような気持ち

息が苦しそうに、不規則になってきました。
もうすぐなのかもしれません。


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母、永眠。

本日、平成25年9月15日(日)午前10時20分
母、櫻庭とも、永眠いたしました。
土砂降りの中、そのときだけ奇跡のように雨が上がり、しばらくして薄日が射し。
ほんとうに。
母も太陽になりました。


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2013年9月21日 (土)

母も太陽になる日まで、その後

母、9月15日に亡くなり。
せっかく望みどおり自宅で看取ったのだから。
ここまで来たら最後の最後まで自宅でとこだわり。
決して広いとはいえない自宅で通夜葬儀を執り行いました。

私が喪主。
本来は父が務めるべきところですが、いろんな意味で負担が大きいので、私がその大役をやらせて頂きました。

やっぱりスーパー晴れ女だったらしい。
亡くなった瞬間、外を見たら、それまでの大雨が嘘のように上がり、しばらくして薄日まで射した。
葬儀、そして出棺のとき、見事に晴れ渡り。
お母さん。
あなたはやっぱり太陽になったのだね。
末期進行癌宣告の翌日に立ち上げたこのブログ。
タイトルを「母も太陽になる日まで」としたのは間違いじゃなかった。

出棺のときの喪主挨拶。
準備しないことがこだわりでした。
最低限の「定型文」だけ頭に入れて、あとはアドリブ、あらかじめ準備した言葉ではなく、そのとき思ったことを言葉にしようと。
普通と順番が逆ですが、喋ったことを文章に起こしてみました。
正確ではないと思うけれどだいたいこんな感じかな。

--------

本日は、お忙しいなか、亡き母、櫻庭とも、のためにご会葬くださり、最後のお見送りまで頂き、まことにありがとうございます。
末期進行癌の宣告から約2ヶ月。望みどおり自宅で看取ることができました。そして自宅での葬儀。専業主婦一本道、自宅がすべてのような人でした。自宅で看取り、自宅から送り出す、最期まで自宅で過ごさせてあげることができて、最期の親孝行ができました。今日もこうして晴れました。母は私たちを照らし見守ってくれる、母が太陽に、母も太陽になったのだと思います。
今後は残された父を大切にし、家族心を合わせて母の思いを大切にして、しっかりと生きていきます。それを母は見守り支えてくれると信じます。まだまだ未熟な私たちです。これからもご指導ご鞭撻のほど、切にお願い申し上げまして、お礼の言葉に代えさせて頂きます。本日はまことにありがとうございました。

--------

葬送の間は親戚や子どもたちがいっぱいいて賑やかでしたが、父とふたりきりになるとやっぱり少ししょんぼりです。
生身の身体が、骨と位牌と写真になって。
その差はやはり大きいです。
初めての喪失感とでもいうかな。

でもなんかね。
無理しているわけでも何でもなくて。
涙が出てこないんですよ。
薄情な人間なのかなあ。
まだ「あっけにとられている」状態なのかもしれない。
いつか、近いうち、涙が溢れて止まらなくなるのかな。
そうならない気がするんですよ。

母はいつも私の隣にいる、今も。
死後の世界ってね。
具体的な場所、たとえば「霊界」のようなものは信じていない。
死後の世界があるとしたら残された者の心の中にある。
だからね。
母は私が生きている限り私の心の中にあるんです。
それが母の「死後の世界」なんじゃないかと。
だから寂しくない。
泣くこともない。
重ねて言いますが無理をしているわけじゃないのです。
母の隣で、母と一緒に、これからも笑ってずっと生きていく。

末期進行癌の宣告が7月。
母の介護に専念するために2ヶ月以上完全に仕事を休みました。
いつまでも休んでいるわけにはいかない。
生活しなきゃ、働かなきゃ。
いつもどおりの日常を過ごすことが一番の供養になる。
そう信じてしっかりと生きていきます。

さて今後のこのブログなんですが。
どうしましょ。
一応「役目」は終えたことになります。
しばらくはこのままにしておきますが、気まぐれに閉じるかもしれません。
皆様、長らく拙文にお付き合いくださりありがとうございました。
様々な心配りもとても嬉しかったです。
この場を借りてお礼申し上げます。

あ、やっぱ最後はこれで終わらないとね。
これからも、いつも笑顔と感謝を忘れずに生きていきます。

あ、そしてほんとうに最後に。
タイトルの写真、差し替えました。
私と母の写真よりもこのほうがふさわしい。
姪っ子のファインプレイ。
母が亡くなった直後の空を撮って置いてくれました。
凄いでしょ。
土砂降りがこんな風に晴れたのですよ。
ありがとう姪っ子よ。
あなたのおばあちゃんはこうして太陽になりました。


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